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『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q / EVANGELION: 3.0 YOU CAN (NOT) REDO.』のストーリーとセリフ書き起こし

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』タイトル
©カラー(khara, Inc.)

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『L.C.L.ガス充満。電化密度クリア』

 ミサトたちの乗ったブリッジは、360度スクリーンで覆われた巨大な空間の中にあった。

「エントリースタート」

 リツコの声で、目の前のスクリーンが光を放って起動する。ブリッジの視界を覆う巨大な画面は、一瞬七色のうねりを表示した後、次々とデジタルの情報を映し出して行く。

『L.C.L.、電荷状態は正常。各演算総合システムをスタート』

 ミサトたちのいる映像空間にシステムの音声が流れる。

「状況は?」

 ミサトは落ち着いた声で事態の把握に務める。

「総員、点呼完了。移乗確認」

 ミドリがそれに答える。

『第一次リストをクリア』

「全隔壁の閉鎖を確認。耐圧チェックを終了」

 ヒデキが報告を続ける。

『補機、出力上昇中』

 システムの音声に続いて、コウジが状況を伝える。

「主機システム点火用動力を注入中。臨界まであと5パーセント」

 スミレがそれに続いてシステムの起動状況を伝える。

「ジャイロコンパス始動。スタビライザー問題なし」

『視覚化情報処理を開始。主モニター点灯します』

 音声出力から流れたシステムの宣言によって、モニターの映像は外の景色へと変わった。

「目標、依然として接近中。包囲陣形を取りつつあります」

 マコトが伝える外の状況、それは正に、いま目の前に映し出された艦隊と、迫り来る水柱の存在だった。

「改2号機、推進器を排除。左腕を換装中」

 シゲルが報告した海底では、アスカが作戦の準備を進めていた。

「あーらよっと。よっ、ほっ」

 アスカは、エヴァ改2号機に施された、通常よりも一回り大きい左腕義手の感触を確かめる。

「さてと……やるか!」

 そう言って、目の前にある巨大な目標物に向かい合う。

「A・T・フィールド、展開」

 アスカのかけ声に答えるかのように、エヴァ改2号機の目のうち3つに光が灯る。

「光の柱に変化!」

 シゲルが状況の変化を察知する。艦隊を取り囲むように迫っていた水の柱は、いくつもの大きな目が縦に連なったような光の柱に変化していった。そして、異様な形へと姿を変えたそれは、自らの横にある柱と連なり合い、格子状の壁となって艦隊に迫ってきた。

「みるみるエネルギーが増大しています!」

 ミドリが目の前の状況を伝える。

「全体が移動を開始」

 マコトが言う通り、一体となった壁が艦隊の方へと押し寄せる。

「味方巡洋艦、蒸発!」

 光の柱に触れた船は、赤い液体となって溶解。シゲルはその状況を伝える。

「飽和攻撃! 本艦も取りつかれたら、万事休すよ」

 リツコの推測を受けながら、ミサトは事の進行をじっと待っている。

『接触まで、あと360秒』

 アスカの乗った改2号機のコックピットに、ミドリの声でカウントダウンが届く。アスカの任務は、ミサトたちを乗せた機体の動力を強制的に発動させること。そのためには、動力中枢を覆う固い装甲を破らなければならない。アスカは自分の目標位置に到達すると、改2号機の右腕に装備した槍状の武器を力一杯突き立てた。固い装甲に槍の先端がぶつかり、カツンという鋭い音が水中に響く。そして、熱を帯び始めた槍の先を一気に装甲に突き刺した。

「せーのっ!」

「改2号機、作業開始」

 シゲルが水中の状況を報告する。

『流入圧力、300パーセント』

「構わん! フライホイールに全てのエネルギーを回せ! 最優先だ!」

 現場オペレーターの音声に対して、コウジは強行を指示する。艦隊のうち、膨大なエネルギー熱に耐えられなくなった船が次々と爆発していく。艦隊に積まれた機器が爆発し、船を跨いで繋がれていたケーブルが熱で燃え上がる。たまらずマコトが叫ぶ。

「第7コンバーター群、爆発!」

「ダウンしたラインに構うな! 強制注入を続けろ! 圧力計は全て無視だ!」

 コウジは後戻り出来ない状況を覚悟し、なんとか影響範囲を沈めようとバルブをコントロールする。

「フライホイール圧着板、ロック解除! 回転開始!」

 ヒデキの報告。ミサトたちの乗った機体の上部に備え付けられた巨大なタービンが、供給されるエネルギーを受けて回転を始める。

『主機エネルギーポンプ、運転開始』

 男性オペレーターの声が、水中下にある動力源が機能し始めたことを伝える。そのすぐ側では、改2号機が最後の一押しを試みている。

「補機回転、出力80パーセントへ!」

 ヒデキが機体の状態を伝える。

「触媒を強制投入!」

 コウジが進捗状況を声に出す。

「ううううううう……」

 アスカは、動力中枢を覆う固い装甲を破るべく槍を持った改2号機の右腕に意識を集中させていた。融点を突破して溶け出した鉄の塊が、改2号機に滴り落ちて行く。すっかり柔らかくなった装甲に、槍の先端がずぶずぶと埋まり始めた。そして、槍を引き抜くと、ぽっかりと空いた空洞の奥に動力中枢が露出していた。

「後は……」

 アスカは仕上げとばかり側にあった点火器をつかみ取る。

「あと、35秒!」

 ミドリがアウントダウンを続ける。

『回転数上昇中!』

「改2号機、臨界維持」

 水中の状況をシゲルが伝える。

「来ました! フライホイール充電102パーセント。臨界突破!」

 ヒデキの報告によって、作戦は次の段階へと進む。

「始動最終段階です」

 少し安堵した声でコウジがそれを伝える。

「了解。操艦系を切り替え」

 ミサトは気を緩めずに次の指示を出して行く。

「了解。時空間制御を開始。立体指揮操舵に移行します」

 それを受けてスミレが速やかに実行に移すと、スミレのコントロールデッキの周りに艦隊のホログラムが浮かび上がる。

「転換と同時に、A・T・フィールドを展開」

 と、ミサトが続ける。

「回転数36000。オールグリーン」

 状況に問題がないことをヒデキが報告する。そして、コウジがミサトの方へ振り返り最後の確認を取った。

「コンタクト、いけます!」

「カウント省略。メイン接続!」

 ミサトが指示を飛ばした。コウジがコンソールのレバーを前に押し倒す。

「接続ぅぅぅっ!」

 動力源がアクティブになると同時に、ミサトが号令を出した。

「点火!」

 アスカは、そのタイミングで力一杯、点火器を動力中枢へと突き刺す。

「でえええええええええい!」

 物凄い衝撃波と光が辺りを覆い尽くし、艦隊に迫っていた目標物が光に飲み込まれて行った。

「障害物、クリア!」

 ミドリがモニターを食い入るように見つめながら報告する。外の景色を映し出していたスクリーンは真っ白な光に包まれて何も見えない。

「各部確認。僚艦は全て退避」

 リツコが指示で、全ての準備が整った。そして遂に、艦長のミサトが最後の号令を発する。

「行くわよ……ヴンダー、発進!」

 

 赤い海から、その巨大な船は姿を現した。巡洋艦を軽々と掻き分けて、双つの船首が海面からゆっくりと浮上する。その全体は、軽く空母の十倍を越えていた。時空間制御によって空中に浮遊する艦隊。その中心で、鳥のような翼を広げてヴンダーの飛行形態が完了した。船底に二つの光の輪を発しながら上昇を続けるヴンダー。その直後、海面から目標物の素早い攻撃が襲いかかり、大爆発を引き起こす。

「主翼を貫通! 損害不明!」

 ミサトたちのいるコントロールルームに、凄まじい衝撃が走る。ヒデキが必死に状況を伝える。

「構うな! 殲滅戦用意! 艦を倒立! ゴースターン!」

 ミサトは怯むことなく反撃を指示する。

「ゴースターン! ヨーソロー!」

 それを受けてスミレが船首を真下に向けると、ミサトが反撃内容を伝える。

「このままコアブロックを位相コクーンから引きずり出す!」

 ヴンダーの両主翼を貫通して絡み付いた敵の触手が、キリキリと音を立てて機体を締め付けていく。

「主翼尾部に亀裂発生!」

 ヒデキが叫ぶ。

「舵そのまま! 主機、全力運転!」

 しかしミサトは怯まない。

「両舷一杯!」

 コウジが出力レバーを倒す。ヴンダーは船首を真下に向けたまま、クレーンで荷物を引き上げるようにして上昇を開始する。

「最大船速!」

 スミレがペダルを踏み込む。ヴンダーの強力な推進力によって、赤い海面からずるずると触手が引き出されていく。そして、そのまま4体の目標物を海面の外へと引きずり出すことに成功する。

「出た! コアブロックです!」

 ミドリの報告を受けて、ミサトがすかさず指示を出す。

「今だ! 取り舵一杯! 振り回せ!」

「了解!」

 スミレが操縦レバーを押し込み、一気に回転方向へひねると、ヴンダーは反時計回りに回転を始めた。そして、そのまま回転を加速させて目標物を振り回す。高速回転によって生まれた遠心力が、やがて目標物を水平の位置まで持ち上げる。

「スラスター全開! 急制動!」

 それを見計らって、ミサトが回転を止めることを指示。ヴンダーは一気に減速し、慣性に乗った目標物同士が勢い良く衝突する。

「目標、沈黙!」

 空中で衝突した4体の目標物が一つの塊となって潰れる。シゲルが目標物の状態を伝える。

「主砲発射準備! エネルギー貫通弾を装填! 全砲塔に主機を直結。給弾回路開け!」

 ミサトは次の攻撃への転回を指示。敵に休む暇を与えない。コウジがそれに応答する。

「了解、回路開きます」

「索敵誤差、ギリギリまで修正中!」

 ミドリがコントロールパネルに集中する。

「各砲、直接照準、手動追尾はいけます!」

 目の前に広がるスクリーンには、巨大な目標物が空中でうごめいている姿が映し出されている。そこに主砲の照準情報がCGレイヤーで重ねられる。マコトの報告で、ミサトが砲撃の号令を発する。

「ならば結構。撃て!」

 ヴンダーの上面に設置された4機の主砲が、雨のごとく敵に浴びせられる。目標物はA・T・フィールドを展開してそれを阻止しようとするが、あまりの激しさに防ぎきれない。攻撃を受けて弾き飛ばされた目標物は、被弾を繰り返して徐々に原型を失って行く。そして遂にコアが破壊されると、大きな十字の光を放って爆発した。

「目標、殲滅!」

 ヴンダーは旋回して機体を立て直す。シゲルが外の状況を伝える。

「全艦、第2種警戒態勢。改2号機の回収用意。主翼の応急処置を急いで」

 ミサトは隊員に次の行動を指示する。

「すっごい……」

 ヒデキは、目の前で起こった出来事を目の当たりにして、呆然とモニターを見つめていた。

「ホントに勝っちゃった……」

 相変わらず緊張感のない口調で、ミドリはモニターに映る景色を眺める。

「全く無茶をする……加持の話より面白い艦長だ……」

 コウジは冷や汗を拭いながら、自分の期待を遥かに越えるミサトの指揮に満足していた。

「これが『神殺し』の力……ヴンダー、まさに希望の船ね……」

 リツコはミサトに向かって意味を含んだ言葉を投げかけた。しかし、ミサトはそれに対して何も答えようとはしなかった。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「検体・BM-03、仮称『碇シンジ』さん。副長から説明があるそうです」

 まるで刑務所のような鉄格子の中に隔離された部屋の中で、ベッドに横になっているシンジの背中に、ベレー帽の女の子が呼びかける。

「これが初号機……?」

 ヴンダーの機体をモデリングしたCGを目の当たりにして、シンジが素直な感想を口にする。

「ええ。初号機は現在、本艦の主機として使用中。ゆえにパイロットは不要です」

 リツコは極めて冷静に、論理的な口調でそれに答える。

「はぁ……ホントにいらないんですね……」

「それと、あなたの深層シンクロテストの結果が出ました。シンクロ率は0.00パーセント。仮にあなたがエヴァに搭乗しても起動しません」

 モニターには、〝00.000%〟の数値が映し出されていた。その事実を、リツコが淡々と説明していく。

「そっか〜。よかったですね、碇さん」

 その事実を聞いて、ベレー帽の女の子が安堵の声を出した。しかし、リツコは声色の深刻さを強めて、宇宙空間で起こった出来事について言及する。

「とはいえ、先に突如12秒間も覚醒状態と化した事実は看過できない。故にあなたには、DSSチョーカーを装着させてあります」

「何ですかこれ……?」

 モニターのCGは、シンジの首に巻かれた物に変わっていた。リツコは、それについて科学者然とした語彙で説明する。

「私たちへの保険。覚醒回避のための物理的安全装置。私たちの不信と、あなたへの罰の象徴です」

「どういうことですか……?」

 シンジはその真意を読み取ることができない。

「エヴァ搭乗時、自己の感情に飲み込まれ、覚醒リスクを抑えられない事態に達した場合、あなたの一命をもってせき止めるという事です」

 リツコは、その役目について少しだけ分かりやすい表現を使う。なるべくシンジの感情を刺激しないように。

「それって……死ぬってことですか?」

 モニターの映像が切られる。

「否定はしません」

 モニターの前に座っていたシンジは、驚いた表情でリツコの背中を見る。リツコはシンジに背中を向けた状態でコンソールを見たまま振り向こうとはしない。

「そんな……ミサトさん、どういう事なんですか死ぬって!?

 シンジは、入り口近くの壁に寄りかかっていたミサトの方を見て訴えかける。少しずつだが、自分の取り巻く状況が分かってきたことで、感情が高ぶった声になって行く。

「変ですよミサトさん! 急にこんなことになってて訳わかんないですよ!」

 しかし、ミサトは腕を組んだまま俯き、口を開こうとはしなかった。その訴えを受け止める変わりに、リツコはシンジの傍らに立っているベレー帽の女の子を引き合いに出した。

「混乱するのも無理ないわ。少尉」

「はい!」

 ベレー帽の女の子は、はっとして背筋を伸ばす。

「彼に官姓名を」

「はい!」

 ベレー帽の女の子はシンジの前に歩み出ると、小脇に抱えていたバインダーを両手に持ち替えてペコリとお辞儀をした。

「えっと、今更ですが碇さんの管理担当医官、鈴原サクラ少尉です。よろしくです」

 サクラはお辞儀をした姿勢のまま、顔を上げてシンジを見た後で、もう一度礼儀正しく顔を下に向けた。

「あ、はい……でも、鈴原って……トウジの?」

 シンジはその名字を聞いて思い当たった。しかし、目の前にいる女性の年齢が自分の記憶と噛み合わない。

「はい。お兄ちゃんがお世話になりました。妹のサクラです」

「妹!? お姉さんじゃなくて?」

「はい。妹です。ふふ……」

 サクラは、呆気にとられたシンジの顔を見て照れくさそうに鼻の下を掻いた。その仕草は兄にそっくりだった。

「妹……? なんで……」

 その時、ミサトの立っていた入り口の方から聞き覚えのある声が聞こえる。その声、そしてお決まりの呼び方で。

「あれから14年経ってるってことよ。バカシンジ」

「アスカ! 良かった! やっぱり無事だったんだね! アスカ……」

 アスカは上着のポケットに突っ込んでいた手を外に出すと、ずかずかとシンジの方に歩み寄って行った。シンジは嬉しさのあまり椅子から立ち上がってアスカの名を呼んだ。アスカは無言のまま、大きく右腕を振りかぶってシンジに殴り掛かった。

「あうっ」

 ドン、という大きな音が室内に響いた。アスカの拳がシンジの顔の目の前で止まる。シンジとサクラのいる部屋は一面のガラスで仕切られていた。さっきまでCGが映し出されていたのは、モニターではなく強化ガラスの壁だった。その分厚い壁に亀裂が走り、固く尖ったものが砕ける音がすると、辺りはしんと静まり返った。

「だめね……抑えきれない。ずっと我慢してたし……」

 アスカは、拳を振りかぶったまま俯いて独り言を口にする。

「……何なんだよ……」

 シンジは予想外の展開に驚き、椅子の上にへたり込んでしまった。そんなシンジを見下すように、アスカはガラスの前の踊り場に登って仁王立ちになる。

「怒りと悲しみの累積……」

 アスカは感情を押さえ込んだ声でつぶやく。

「何のことだよ……あれ、アスカ、左目……」

 シンジは、アスカの左目を覆っている眼帯に気づいてはっとする。

「あんたには関係ない」

 アスカは、冷たい目でシンジを見下しながらそう言い放った。

「アスカ……さっき14年って……でも、眼帯以外変わってない……」

 アスカは、当時のまま真紅のプラグスーツに身を包んでいた。

「そう。エヴァの呪縛」

「呪縛……?」

 アスカは踊り場から飛び降りてシンジに背中を向けると、入り口へと歩いて行く。

「ちょっと待ってよ! アスカなら知ってるだろ! ねえ、綾波はどこなんだよ!」

 シンジは立ち上がって両手をガラスに付けながらアスカを呼び止める。

「知らない」

 アスカは立ち止まって体半分を向き直しながら、吐き捨てるようにそう言った。

「知らないって……助けたんだよあの時!」

「人ひとりに大げさね。もうそんなことに反応してる暇なんてないのよ、この世界には。そうでしょ? 葛城大佐」

 アスカは冷淡な態度でそう言うと、ドアの向こうへ姿を消してしまった。

「アスカっ!」

 シンジは自分の知っている記憶に必死に縋ろうとする。

「ミサトさん! 綾波はどこなんですか! 教えてください!」

「シンジ君……綾波レイはもう存在しないのよ」

 ミサトは腕を組んだまま、少しだけ首を起こして答える。

「いいえ……確かに助け出したんです! きっとまだ初号機のプラグの中にいます! よく探してください!」

 シンジはそれでも食い下がろうとする。

「当然、すでに初号機内は全て探索済です。結果、発見されたのはあなたと……なぜかこれが復元されていたわ」

 リツコは、シンジのいる方のダッシュボードをリモートで空けて、復元された音楽再生機器S-DATをシンジに渡した。

「検査結果に問題ないので、返還しておきます」

「父さんの……あの時綾波が持っていた……やっぱり助けたんじゃないか!」

 シンジはダッシュボードにあったS-DATを手に取ると、自分の記憶が間違っていなかったことに気を強めた。

 

 遠くの方で、艦内を揺るがすほどの爆発音が響き渡った。内線用の通信ブザーが鳴り、先程まで部屋を包んでいた重い空気を散らす。

「何だ!?

 シンジは我に返って、S-DATに向けていた顔を上げる。

「私です」

 ミサトは受話器を取って呼び出しに答える。

『目標後甲板です! いきなり取りつかれました!』

 電話の向こうはマコトだった。それによると、すでに敵が接触してきているという。

「本命のお出ましか!」

 

『全艦、第一種戦闘配置! 初号機保護を最優先』

 艦内に響き渡るミサトのアナウンス。アスカは長い廊下を走りながら無線でマリと通信を交わす。

「8号機! もう行けるでしょ!」

「もちのろ〜ん! 今やってるよぉ姫。それより、ワンコ君どうだった? おとなしくお座りしてたぁ?」

 マリは、コックピットの座席に脚を組んだ姿勢で深く座りながら、宙に浮かぶデジタルスクリーンを操作して、慣れた手つきでセットアップを進めて行く。

「何も変わらず。寝癖で馬鹿な顔してた」

「その顔、見にいったんじゃにゃいのぉ〜?」

 マリは悪戯好きの子供のようにニンマリと笑みを浮かべる。

「違う! 殴りに行っただけ! これでスッキリした!」

 アスカは、迷いのない姿勢で真っ直ぐの廊下を駆けて行った。

 

「ミサトさん! リツコさん! いったい何が来たんですか! 新しい使徒ですか!?

 シンジは、ひび割れたガラスにへばりついて、外の状況を必死に知ろうとしていた。その時、何処からともなくシンジの元に声が聞こえる。

『――碇君、どこ』

「綾波……? 今の、綾波の声ですよね!? ミサ……」

 さっきまで透明だったガラスが一瞬のうちに白い壁に変わり、シンジの視界を遮った。それは、シンジにとって情報遮断以上に、ミサトたちからの拒絶を意味するものだった。

「何だよもう!」

 シンジは、壁と化したガラスに拳を叩き付けて、壁に阻まれた感情を吐き捨てる。

「準備できました! 碇さん! こっちへ!」

 うなだれるシンジの背中に、内線で指示を得ていたサクラが声をかける。

『――碇君、どこ』

「やっぱり綾波だ……」

 再度聞こえてきた声に、シンジは顔を起こしてもう一度拳を壁に叩き付けた。

「うっ……綾波ですよ! ……うっ」

「碇さん、急いで!」

 その場を動こうとしないシンジに向かって、サクラが声色を強める。しかし、それでもシンジはその場を離れようとはしない。

「もういいよ……綾波! ここだ!」

 シンジが大声で叫んだ瞬間、部屋の壁が閃光で吹き飛び、爆発音と煙が二人を包み込んだ。

「きゃあっ!」

 突然の出来事にサクラが悲鳴を上げる。ガラガラと瓦礫の崩れる音が降り注ぐ中、外から吹き込む風によって立ち上った煙は直ぐにかき消された。気がつくと、ヴンダーの壁にぽっかりと空いた大きな穴から、巨大な人の形をした手がシンジの目の前に差し出されていた。

「ヱヴァ……0号機……?」

 差し出された手のひらの先には、白い機体に大きな一つ目のカメラアイを備えた巨人の姿があった。カメラアイがシンジの姿にフォーカスする。そして、エヴァ0号機から綾波レイの声が発せられた。

『碇君、こっちへ』

 シンジは、0号機の大きな目を見つめて立ち尽くしていた。その時、背後からミサトの声が響いたことに気づいて、シンジは身を翻して振り向いた。

「だめよシンジ君! ここにいなさい」

 ミサトは、シンジの首に巻かれたチョーカーのコントローラーをかざして、今にも引き金を引かんとする態度を見せていた。

「何だよミサトさん……さっきまで要らないって言ってたじゃないか!」

 シンジは、感じていた不審を表に出して抵抗する。

「しかし、身柄は私たちで保護します」

「そんなの勝手すぎですよ!」

 シンジとミサトの間に緊迫した空気が張りつめる。ヴンダーの機体にぽっかりと空いた穴から、エヴァ0号機の巨大な手が差し出されている。その背後に、一面の青で覆われた空が広がっている。ここは、先の戦闘で空飛ぶ船となったヴンダーと、それが引き連れる艦隊とが浮かぶ大海原だった。ミサトがシンジを止めるまでもなく、艦隊からエヴァ0号機に向かって一斉砲撃が始まった。シンジは強烈な爆風をくらってよろめいた。

「やめてください! 相手はエヴァですよ!?

「だからこそよ! ネルフのエヴァは全て殲滅します」

 その間も、無数の砲弾が0号機に向かって降り注ぐ。その度に、オレンジの閃光が部屋の中を照らし、ヴンダーを揺らす。

「ネルフ……ここも〝ネルフ〟じゃないですか!」

「私たちはWILLEヴィレNERVネルフ壊滅を目的とする組織です」

 ミサトの言う通り、爆風で部屋中にちらばったコンテナの側面には〝WILLE〟という文字が書かれていた。

「そんな……いや、でも乗ってるのは綾波なんですよ!?

 シンジは、自分の理解を越える状況に混乱していた。それでも、自分の記憶に残るものを信じようとしていた。

「違うわ! レイはもういないのよシンジ君」

 ミサトは声を強めてシンジを説得しようとする。しかし、シンジはそれを受け付けようとはしなかった。

「嘘だ! だってここにいるでしょ! ミサトさんの分からず屋! もういいよ!」

 シンジは、最後の言葉を吐き捨てるようにして走り出すと、差し出された0号機の大きな手に飛び乗った。

「碇さん!」

 砲撃の揺れに耐えるため、コンテナにしがみついていたサクラが思わず駆け出して行く。

「勝手もいいですけど、エヴァにだけは乗らんでくださいよ! ホンマ勘弁してほしいわ……」

 シンジは、その言葉に困惑した表情になる。自分とエヴァに何があったのか。自分にはその記憶がないからだ。しかし、今はこうするしかないと悟ったように、シンジはサクラの方から身を引いて行く。0号機はシンジを乗せた手をゆっくりと閉じてヴンダーの壁から引き抜いた。

「……きゃあ!」

 0号機が離れた衝撃で、ヴンダーの外壁が崩れる。サクラたちのいる部屋に煙が立ちこめると、悲鳴とともに視界を遮った。

 

「逃がすな! コネメガネ!」

 アスカは廊下を駆けながらマリとの通信を続けていた。

「合点承知!」

 すっかり準備を整えていたマリが、威勢の良いかけ声で答える。エヴァ8号機を格納していたハッチが回転すると、ピンクの機体が迫り上がって空の空気に晒された。

「的を〜狙えば外さないよぉ〜! ヘーイ、カモォ〜ン」

 ハンドガンを構えた姿勢でヴンダーの側部に登場した8号機は、0号機の頭部を捉えて発砲する。マリの放った銃弾は、見事に0号機の側頭部に直撃。マリは、エントリープラグを放出すると、ヴンダーの甲板を駆けて0号機との間合いを一気に詰める。

「よっしゃー!」

 8号機の放った弾丸がことごとく0号機に命中する。0号機の頭部はすでに吹き飛び、首だけの状態になっていた。マリは、構わず銃弾を浴びせながら0号機との間合いを詰めていく。しかし、0号機は激しい攻撃を意に介さず、背中から羽のようなものを伸ばすと、それをロケットブースターのような型に変形させた。

「やっぱし……〝アダムスの器〟か!?

 一瞬の出来事の後に、0号機はロケットを噴射してヴンダーから飛び立って行った。マリはハンドガンを連打してそれを見送ることしかできなかった。

「挨拶くらいしてけおらぁー!」

 ロケットのごとく煙を吐いて、あっという間に米粒の大きさになった0号機に向かって、ミサトはチョーカーのスイッチをかざし続けていた。

「彼を初号機に優先して奪取という事は、トリガーとしての可能性がまだあるという事よ! ミサト! DSSチョーカーを!」

 ミサトはボタンを押せないまま硬直していた。その間に、モニターの表示が〝OUT OF RANGE〟に切り替わったことで時間切れを告げる。リツコは、無言で手を下ろしたミサトの後ろ姿を見つめる。

「副長より通達。追撃不要。各位、損傷個所の応急処置と偽装作業を再開」

 その頃、甲板まで辿り着いていたアスカは、天井のハッチから上半身を外に出して、0号機の飛び去った後の空を見上げていた。

「ふん、あれじゃぁ、馬鹿じゃなく……ガキね」


 エヴァンゲリヲン新劇場版:Q


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