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『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 / EVANGELION: 1.0 YOU ARE (NOT) ALONE.』のストーリーとセリフ書き起こし

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』タイトル
©カラー/khara

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 青い空。蝉の鳴き声。砂浜に打ち寄せる波。それは「夏」という表現に相応しい一日だった。

 しかし、第3新東京市の光景は、かつての日常から遠く離れたものになっていた。海は赤く染まり、街は崩壊し、建物の残骸に満ちていた。海岸線沿いの道路には、戦車が無数にひしめき合い、海をじっと睨んでいた。

 そして、季節は一年中が夏だった。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 第3新東京市に上京した碇シンジは、葛城ミサトと待ち合わせるために公衆電話の前に立っていた。

『現在、特別非常事態宣言発令中のため、全ての回線は不通となっております』

 受話器の向こうで音声ガイダンスが流れた後、その通話は自動的に切れた。

「あっ、だめか。携帯も圏外のままだし、バスも電車も止まったままだし……」

 シンジは神妙な面持ちで足元に置いたボストンバッグを持ち上げた。

「待ち合わせは無理か。しょうがない、シェルターに行こう」

 シンジはミサトが笑顔でピースサインを送っている写真に目を落としてから、時計を確認して予定を変更させる。

「……んっ?」

 シンジは、ふと人の気配を感じて向かいの道路へ目を向けた。

 そこには、制服を着た青い髪の少女が立っていた。電線に止まっていた鳥の群れが一斉に羽ばたく。その音に気をとられて視線を逸らしたシンジは、もう一度少女のいた方へ目を向けた。すると、さっきまで人の気配があった場所には、もう誰もいなくなっていた。

 次の瞬間、激しい衝撃波がシンジを襲う。シャッターが軋み、電線が空を切って音を立てる。シンジは、思わず耳を塞いで立ち尽くした。その時、シンジは何かが近づいてくる音に気づいて振り返った。

 シンジが山の方を見ると、国連軍の垂直離着陸型攻撃機が次々と空中を後退していく様子が見えた。それに続いて忍び寄る足音。そして、攻撃機に続いて現れたのは、山のふもとに建てられたビルよりも背の高い二足歩行の巨人だった。攻撃機は、足音の主の周りを取り囲むようにして空中を固めていく。

 すると、シンジのいる市街地を抜けてミサイルが飛んできた。その弾道は弧を描いて旋回してから、巨人に次々と命中していく。爆炎が巨人を包み込み、高熱の爆風が街に広がり、停車中の電車が熱波で融解する。

「目標に全弾命中!」

 しかし、巨人にはミサイル攻撃が全く通じていなかった。パイロットが手ごたえを確認する間もなく、巨人は手の先から光の槍を伸ばして攻撃機を貫く。

「うわっ!」

 錐もみ状態で墜落した機体が、シンジのすぐ傍へと落下する。巨人は頭上に光の輪を宿して空へ上昇すると、墜落した攻撃機を片足で踏み潰していく。ひしゃげた機体が発火し爆発を引き起こす。シンジは身を縮めてそれを避けようとした。その時、爆風に巻き込まれそうになったシンジの前に、車のスリップ音が鳴り響いた。

「ごーめんっ、お待たせっ!」

 シンジが顔を上げると、サングラスを掛けたミサトが、車のドアを開けて迎える姿が目に映った。攻撃機が巨人に対して一斉射撃を開始する。巨人の体は、みるみるうちに爆炎に包まれていく。ミサトはギアをバックに入れて、素早くハンドルを回すと、危険を回避するべく車を急発進させた。

 

 国連軍の幹部たちは、第1発令所の巨大主モニターを食い入るようにして見ていた。

「目標は、依然健在。現在も、第3新東京市に向かい侵攻中」

 オペレーターの青葉シゲルが状況を伝える。

「航空隊の戦力では、足止めできません!」

 しかし、あくまで悲観的な現実であることを女性オペレーターが補足する。

「総力戦だ。後方第4師団を全て投入しろ!」

「出し惜しみはなしだ! なんとしても目標を潰せ!」

 幹部たちは身を乗り出し、拳を握り締めて指示を飛ばす。

 国連軍は、巨人に対して地上からも砲撃の雨を浴びせる。戦闘機が大型の爆弾を投下し、巨人の至近距離で炸裂する。それでも、巨人は無傷のまま立っていた。

「なぜだ! 直撃のはずだ!」

 幹部の一人が机を叩いた。大量のタバコの吸殻が乗った灰皿が音を立てて揺れる。

「戦車大隊は壊滅。誘導兵器も砲爆撃もまるで効果なしか……」

 幹部の一人が腕を組んで奥歯を噛み締める。

「だめだ! この程度の火力では埒があかん!」

 机を叩いた幹部が、もう一度机に拳を振り下ろす。

「やはりA・T・フィールドか」

 特務機関NERVネルフの副司令官・冬月コウゾウは、司令席の傍らで主モニターに映る巨人を見てつぶやく。

「ああ。使徒に対し通常兵器では役に立たんよ」

 同NERVネルフの最高司令官・碇ゲンドウは、司令席に肘をついて顔の前で手を組みながら、狼狽する幹部たちを静観していた。

 その時、国連軍の幹部の元へ緊急の電話が入る。

「……分かりました。予定通り、発動いたします」

 幹部の一人が、神妙な面持ちで電話口に答える。

 

 使徒が、二つの山の谷間へと足を進めて行く。その巨体が予定通りの場所へ到達すると、空中の攻撃機が一斉に身を引いた。その模様を、ミサトは停車した車の助手席から身を乗り出して観測する。そんなミサトの胸に押しつぶされそうになり、シンジは苦しい表情を浮かべる。国連軍の動きを双眼鏡で見定めたミサトは、次に起ころうとしている事態を察知した。

「ちょっとまさか……N2エヌ・ツー地雷を使うわけ!?

 驚愕したのも束の間、ミサトはシンジの頭を抱えて車のシートへ身を沈めた。

「伏せてっ!」

 激しい爆発が起こり、山の向こうに巨大な火柱が立ち上がった。戦略自衛隊が誇る最強の破壊兵器を、国連軍が使用したのだ。凄まじい光と音が周囲を圧倒し、遅れてやってきた衝撃波がミサトの車を横転させた。

 

「やったっ!」

 第1発令所で国連軍の幹部が歓喜を上げた。

「残念ながら君達の出番は無かったようだな」

 幹部の一人が振り返り、ゲンドウたちに言った。

『衝撃波、来ます』

 オペレーターの報告が入った直後、主モニターは砂嵐の映像になる。

 

「大丈夫だった?」

 爆風に吹き飛ばされた車を這い出したミサトは、シンジの無事を確認する。

「ええ。口の中がシャリシャリしますけど……」

 山が削られて飛散した土砂の上に、ミサトの車が横倒しになっていた。

「そいつぁ結構。じゃ、いくわよおっ!」

 ミサトの合図で、シンジは車の天井に背中を押し付けて体重を掛ける。

「せーのっ! よっ……っしゃぁ」

 二人は力を込めて車を押した。横倒しになった車体が少しずつ傾き、遂にタイヤを地面に着地させることができた。

「……ふぅ、どうもありがとっ。助かったわ」

 ミサトは両手に付いた砂埃を払いながらシンジの方を見る。

「いえ、僕のほうこそ。葛城さん」

 シンジはミサトを見て言う。

「ミサト、でいいわよ。改めてよろしくね! 碇シンジ君」

 ミサトはサングラスを外して自己紹介をする。

「はい」

 シンジは、少年らしい表情でそれに答える。

 

 発令所の内部では、国連軍の幹部たちが戦果を心待ちにしていた。

「その後の目標は?」

「あの爆発だ、ケリはついている」

 砂嵐の映像を見つめて、たかをくくる幹部たち。

「映像、回復します」

 オペレーターのシゲルが報告し、主モニターの映像が復活した。

「あっ……」

 幹部たちは、紅蓮の炎の中に浮かび上がる巨人の姿を見て驚く。

「我々の切り札が……」

「本当に……なんてことだ……」

 勢いで立ち上がっていた幹部たちが、力無く椅子へ座り込む。

「ばっけものめぇっ!」

 最後まで立っていた幹部も、悔し紛れに拳を机に叩きつけるしかなかった。

 

 ミサトはボロボロになった車に応急処置を施し、目的地へと向かう。青い車体のところどころにはガムテープで補強された跡があった。

「ルノーが動いてくれ、てよかったぁ〜」

 ガタガタと異音を立てる車の中で、ミサトがシンジに語りかける。

「ローンがまだ12回も残ってんのに、いっきなり廃車じゃシャレになんないもんね。直通の特急列車も頼んだし、これで予定時間、守れるかも」

 ミサトは不自然なほど早口でまくしたてる。相手を気遣ってか、または初対面の相手を助手席に乗せているからか。

「……て、なんにも聞かないのね、シンジ君」

「え? はい……」

 シンジは至って冷静な表情を向ける。

「さっきから、私ばっか話してんだけど」

「え……すいません」

 シンジは視線を逸らして俯いた。

「謝ることはないけど、ただ、〝さっきのでかいのは何ですか〟とか、〝何が起こってるんですか〟とか、聞きそうなもんじゃない?」

「いや、あの…… 聞いても何も答えてくれないだろうと思って」

 ミサトは得心した表情で柔らかく答える。

「妙に気を回して決めつけんのね。子供らしくないわよ」

 するとシンジは、むっとした表情を向けるが、諦めたように息を吐く。

「いいんです。先生に言われた通りにしてるだけですから」

「そう。まあいいわ」

 ミサトは少し寂しげな表情で、前に視線を戻す。

「ちなみに、さっきのは〝使徒〟と呼ばれる謎の生命体よ」

 

 灼熱に包まれた巨人が、負傷した体を変形させて再生する。モニターに映し出された映像は、常人の理解を超えるものだった。

「第4の使徒。大した自己復元能力だな」

 冬月は、ゲンドウの傍らに立ち、怪物の様子を観察していた。

「単独で完結している純完全生物だ。当然だよ」

 ゲンドウは白い手袋をはめた手を顔の前で組んで、異形の生態を評価する。

「生命の実を食べた者たちか」

「ああ、知恵の実を食べた我々を滅ぼすための存在だ」

 二人が見守る映像の向こうで、使徒の修復が完了した。

 

 NERVネルフの敷地内に到着したミサトの車が、地下行きの貨物列車に乗り込んだ。

『ゲートが閉まります。ご注意ください』

 アナウンスが流れると、重い扉が自動で閉まる。

「特務機関ネルフ?」

 貨物列車に乗った車内でシンジはミサトに尋ねる。背後ではアナウンスが続いている。

『ダッシングを確認発射致します――』

「そう。国連直属の非公開組織」

 ミサトが答えると、ゲートの内側は赤い照明に変わった。

『この列車はT22特別列車です』

「父のいる所ですね……」

 シンジが言うと、ミサトはハンドルに両手を乗せたままシンジの方を見た。

「まぁねー。お父さんの仕事、知ってる?」

 ミサトの言葉に反応して、シンジは表情を曇らせた。貨物列車の作動準備が終わり、発車のベルが鳴った。

「人類を守る大事な仕事だと、先生からは聞いてます」

 

 国連軍の幹部たちは、使徒の殲滅を諦めてNERVネルフに結果を委ねる。

「今から本作戦の指揮権は君に移った」

「お手並みを見せてもらおう」

 ゲンドウは、幹部たちが座るブリッジの一段下に立ち、見上げる格好で冷静に答える。

「了解です」

「碇君、我々の所有兵器では、目標に対し有効な手段が無いことは認めよう。だが、君なら勝てるのかね?」

 幹部の一人が、ゲンドウを見据えて嫌味を言った。

「そのためのネルフです」

 ゲンドウは左手で眼鏡を上げると、自信のある表情を覗かせた。

 

「これから父の所へ行くんですか?」

 下降を続ける貨物列車の中で、シンジは車のダッシュボードに目を落とす。

「そうね、そうなるわね」

 ミサトは携帯を閉じて顔を上げた。

「父さん……」

 シンジの中で、幼い頃の記憶が蘇る。

「あっ、そうだ。お父さんから、ID貰ってない?」

 ミサトの声にはっとしたシンジは、バッグの中を漁った。

「あっはい! ……どうぞ」

 シンジは、クシャクシャになった紙をミサトに手渡した。その紙には、黒塗りにされた情報と、ゲンドウの直筆による『来い!』というメッセージが書かれていた。IDカードは、その紙の端にクリップで留められている。

「ありがと。じゃ、これ読んどいてね」

 そう言って、ミサトは『ようこそNERV江』というパンフレットをシンジに差し出した。

「ネルフ……」

 シンジは、手渡された資料の表紙をじっと見つめる。

「(父さんの仕事……)」

 シンジは、考え込むのを止めて、ミサトに話を振る。

「何かするんですか、僕が。……そうですね。用が無いのに父が僕に手紙をくれるはず、無いですよね」

「そっか、苦手なのね、お父さんが。……あたしと同じね」

 ミサトは、シンジの態度を見てその内面を察する。

「えっ?」

 シンジは、意外な言葉に驚いてミサトを見た。その時、貨物列車が暗いトンネルを抜けて広い空間へ飛び出した。

「……凄いっ! 本当にジオフロントだ!」

 目の前に広がる光景を見て、シンジは少年らしい声を上げた。

 線路は空中に掛かる橋のように、高い高い場所から地下へと続いている。眼下には、地下とは思えないほどの空間が広がっていた。天井からは無数のビル郡が突き出し、採光窓から太陽の光が差し込んでいる。そして地底には、湖や森林まで存在していた。

「そう、これが私たちの秘密基地、ネルフ本部。世界再建の要、人類の砦となる所よ」

 ミサトは窓の外に釘付けになっている少年の横顔に語りかける。

 

 貨物列車を降りた二人は、車の外に出て自動走行のリフトに乗り換えた。トンネル状の細い通路を、それなりの速度で進むリフトの上で、ミサトが行き先を確認する。

「えーっと、駅西口を出て、北3番ゲートを右? ルート8に入ると……」

 リフトの進行に合わせて、厳重な扉が開く。重い金属音が響いて視界が開けると、広大なドーム状の空間に出た。

「なんだか、やたらと複雑にできてんのよね、この施設」

 シンジは、車の中でミサトから手渡されたマニュアルに目を通している。ミサトは、不安げな表情でメモ用紙を眺めて、独り言のようにつぶやく。

「確か、このルートで合ってるはずよね」

「あの……迷ったんですか?」

 シンジはマニュアルから顔を上げて、後ろに立つミサトを見た。

「まだ不慣れでね」

 そう言うと、ミサトは無理に作った笑顔で前を向いた。

「まあ、進んでりゃそのうち着くわよ」

 

 赤黒い液体の中で、エアータンクを背負ったダイバーが機械に向かっていた。

『第2次冷却終了』

 女性オペレーターの声に続いて、男性オペレーターの通信が入る。

『作業員は速やかに退避』

「左腕電動部の解凍作業を、あと3分以内に済ませて。同時にアポトーシスデータも忘れないで」

『了解』

 作業は地下に作られた巨大なドッグの中で行われていた。指示を出していた女性が、ブリッジに上がってダイビングスーツを脱いだ。

『赤城博士へ報告。作戦一課、葛城二佐および一名のS36車の到着を確認』

 女性オペレーターの報告を受けた赤城リツコは、シュノーケルの着いたゴーグルを外した。

「あきれた。また遅刻とはね」

 

 エレベーターに備え付けられたメーターが、地下8ー30を過ぎた辺りで到着のベルが鳴った。ドアが開くと、そこには金髪碧眼の女が立っていた。

「うっ、あらリツコ……」

 ミサトは気まずそうな表情を浮かべて、白衣姿のリツコに声を掛けた。リツコは意に介さず、ミサトを押し戻すようにしてエレベーターに乗り込んでくる。

「到着予定時刻を12分もオーバー。あんまり遅いから迎えに着たわ。葛城二佐。人手もなければ、時間も無いのよ」

 リツコは、毅然とした態度でミサトを責めた。

「えへ、ごめんっ!」

 ミサトは右手を顔の前にさっと立てて、その場を取り繕おうとする。

「ふぅ……」

 リツコは仕方がないわね、と言わんばかりに肩を落としてから話題を変えた。

「……例の男の子ね」

 リツコはエレベーターに乗り合わせている少年の方に顔を向ける。

「そ」

 シンジの方を見てミサトが腕を組む。

「技術局第一課・E計画担当責任者・赤木リツコ。よろしくね」

 シンジは、そこで初めて気づいたかのようにマニュアルから顔を上げた。

「あっ、は……はい」

 

 第1発令所にて、ゲンドウはブリッジに設置された小型昇降機エレベーターの上に乗り、冬月の方を見る。

「では、後を頼む」

 そう言い残して、ゲンドウは地下の空洞へと降りて行く。冬月は、感慨深い表情でゲンドウを見送る。

「3年ぶりの対面、か……」

 すると、使徒の変化を察知したシゲルが声を上げる。

「副司令、目標が再び移動を開始しました」

 冬月は、ゲンドウから引き継いた権限を即座に行使した。

「分かった。総員、第一種戦闘配置」

 

 命令が実行に変わり、館内にオペレーターのアナウンスが響く。

『繰り替えす、総員、第一種戦闘配置。対地迎撃戦、用意』

 真っ暗な空間にシンジを案内したリツコは、照明のスイッチを入れる前に告げた。

「碇シンジ君、あなたに見せたいものがあるの」

 暗闇に明かりが灯ると、シンジの目の前に巨大なロボットの顔が浮かび上がった。

「う、うわぁっ!」

 シンジは、初めて目撃する異様な物体を見て大声を上げる。シンジたちのいる場所は、広大なプール状のドックに敷設された浮橋の上だった。肩の下まで水に浸かったロボットが、静かに場を睨んでいる。

「人の造り出した、究極の汎用人型決戦兵器・人造人間エヴァンゲリオン。その初号機。我々人類の、最後の切り札よ」

 シンジの横に並んで立ち、リツコが言った。

「これも父の仕事ですか」

 シンジは表情を強張らせて聞き返す。

「そうだ」

 返答したのは男性の声だった。

「……久しぶりだな」

 シンジが上を見上げると、高い位置に設置されたコントロールルームの窓から見下ろす、碇ゲンドウの姿があった。

「父さん……」

 シンジはゲンドウから思わず目を逸らす。

「フッ……出撃」

 不敵な笑みを浮かべたゲンドウは、何の前触れも無く出撃を命ずる。

「出撃!? 零号機は凍結中でしょ! ……まさか、初号機を使うつもりなの!?

 ゲンドウの言葉を聞いて、ミサトがリツコに詰め寄る。彼女は一瞬、初号機の方を見てから、自分が想定している話の流れとは違うことに困惑する。

「他に道は無いわ」

 リツコは、出撃は想定済みだったと言わんばかりの態度を示す。

「碇シンジ君?」

 そしてリツコは、シンジの方を見る。

「はい」

 シンジは突然名前を呼ばれて顔を上げた。

「あなたが乗るのよ」

 リツコは鋭い視線を少年に向けた。

「え?」

 シンジは、突然突きつけられた現実を理解できずに、目の前にある初号機を見て立ち尽くす。

「父さん、なぜ呼んだの?」

「お前の考えている通りだ」

 ガラス窓の向こうでポケットに手を入れて佇むゲンドウが、シンジを見下ろす。

「じゃあ、僕がこれに乗って、さっきのと戦えって言うの?」

 シンジは下を向いたまま肩をすくめる。

「そうだ」とゲンドウは即答する。

「嫌だよそんなの! なにを今更なんだよ! 父さんは、僕が要らないんじゃなかったの?」

 シンジは目に涙を浮かべながら、反抗的な顔をゲンドウに向ける。

「必要だから呼んだまでだ」

 ゲンドウは淡々とした口調で答える。

「なぜ、僕なの?」

 シンジは、自信の無さを浮かべて声色を落とした。

「他の人間には、無理だからな」とゲンドウは言い切る。

「無理だよそんなの! 見たことも聞いたことも無いのに、出来るわけ無いよ!」

 シンジは、床に視線を落として声を震わせる。

「説明を受けろ」

 ゲンドウは、言い訳を一切受け付けないという態度で接する。

「そんな……。できっこないよ! こんなの乗れる訳無いよぉっ!」

 シンジは、ぎゅっと目をつむって言葉を吐き出した。

「乗るなら早くしろ。でなければ、帰れ!」

 その時、使徒の放った光線がジオフロント内部を揺らした。振動に気づいたゲンドウが、天井を見上げて「奴め、ここに気づいたか」とつぶやく。

『第1層・第8装甲版、損壊』

 使徒が放った第二波の影響を報告するオペレーターの音声が流れる。リツコは、シンジの方を見据えて決断を迫る。

「シンジ君、時間が無いわ」

『Dブロック各所にて火災発生。指定域内の全通路を緊急閉鎖』

 シンジは思い悩んで言葉を失う。自分ではどうしていいのか分からずに、助けを求めるような表情でミサトを見る。

「乗りなさい」

 事態を把握したミサトは、腕を組んでシンジに指示を出す。

「嫌だよ……せっかく来たのに、こんなの無いよっ!」

 ミサトにまで撥ね付けられたシンジは、再び下を向いてしまう。

「シンジ君、何のためにここに来たの? だめよ逃げちゃ。お父さんから、何よりも自分から」

 ミサトは、少し腰を屈めてシンジに目線の高さを合わせようとする。しかし、ミサトの視線から逃れるように、シンジは横を向いてしまう。

「分かってるよ、でも、出来るわけ無いよっ!」

 シンジの振る舞いを見たゲンドウは、モニター越しに冬月を呼ぶ。

「冬月、レイを起こしてくれ」

『使えるかね?』

 冬月はゲンドウの意図を察するが、念のために確認を取る。

「死んでいるわけではない」

『分かった』

 冬月がモニターの前から姿を消すと、別の画面に切り替わる。ゲンドウは音声のみになったモニターに話しかける。

「レイ……」

「はい」

 ゲンドウが呼びかけると、モニターから少女の声が聞こえた。その声音は、細く、平坦で、冷たい、というような、感情の純度が極めて低いものだった。

「予備が使えなくなった。もう一度だ」

「はい……」

 そしてその声は、ゲンドウの指示に迷いなく従った。

 

「初号機のコアユニットを、Lー00タイプに切り替えて、再起動!」

 リツコは作戦の変更に備えてオペレーターに指示を回す。

「了解、現作業を中断、再起動に入ります」

 技術部のオペレーター、伊吹マヤがそれに応じる。

「(やっぱり僕は、要らない人間なんだっ……!)」

 シンジは、慌しくなった周りの大人たちに置いていかれるようにして孤立する。すると、奥のドアが開き、移動式のベッドに乗せられて少女が運び込まれる。その青髪の少女は、シンジと同じ中学生くらいの年齢で、細く、透き通るような白い肌をしていた。シンジは、彼女を見て驚く。なぜなら、左手に点滴、右目に眼帯をして、どう見ても怪我人の格好をしていたからだ。

「くっ……! はぁっ、はぁっ!」

 自力で起き上がろうとするが、苦しそうな表情を見せる少女。

 その時、またしても使徒の攻撃がジオフロントを襲う。使徒が放った光線は、ジオフロントの天井に張られた装甲を貫き、収納されていた第3新東京市ビル郡を破壊する。破壊された建物が瓦礫となり、NERVネルフ本部へ雨のように降り注ぐ。その衝撃で、建物全体に大地震並の揺れが伝わった。

「きゃぁっ」

 大きな揺れでベッドが倒れ、少女が床に転げ落ちた。

「大丈夫ですかっ!?

 シンジは少女の下へ駆け寄って行く。その光景を見つめながら、ゲンドウが不敵な笑みを浮かべる。

「くぅっ!」

 少女は、体の痛みに耐えながらも、苦痛の表情を浮かべた。シンジは、少女の苦しむ姿を目の当たりにして、自分の置かれた状況と向き合う。背後に立っている初号機を振り返って確認する。自分の手を見ると、少女の体から流れた血が付いていた。シンジはそれを見ると、ぎゅっと目をつむって自分に言い聞かせる。

「(逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだっ!)」

 意を決して顔を上げたシンジは、ゲンドウに言い放った。

「やります、僕が乗ります!」

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