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『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 / EVANGELION: 1.0 YOU ARE (NOT) ALONE.』のストーリーとセリフ書き起こし

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』タイトル
©カラー(khara, Inc.)

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 シンジは電車に乗っている自分の夢を見ていた。車窓から夕日の光が差し込んでいる。電車の車輪が線路の継ぎ目を乗り越えていく音が聞こえる。

「嫌なんだよ、エヴァに乗るのが。うまく行って当たり前、だから誰も褒めてくれない。失敗したらみんなに嫌われる。ひどけりゃ死ぬだけ。なんで僕はここにいるんだ?」

 シンジはオレンジ色に輝く窓の光に照らされる。正面には幼い少年が座っている。シンジは、かつての自分であるその少年を眺める。

「何か変わるかもって、何かいいことあるかもと思ってここに来たんだ。嫌な思いをするためじゃない」

「そうやって、嫌なことから逃げ出して、ずっと生きていくつもり?」

 いつの間にかレイが傍に立っている。

「生きる? なんで生きてるんだ僕は。生きていてもしょうがないと思っていたじゃないか。父さんもミサトさんも、誰も僕を要らないんだ。エヴァに乗らない僕は必要ないんだ。だから僕はエヴァに乗るしかないんだ。だから僕はここに居られるんだ」

「だけど、エヴァに乗ると……」

 

 ――シンジは夢から覚めた。病院のベッドの上だった。

「……また同じ天井……。エヴァに乗るとこればかりだ」

 シンジは、ベッドの傍らに誰か居ることに気づいて上体を起こす。

「綾波……。ずっとここに?」

 シンジの寝ていたベッドの横に、レイはひっそりと座っていた。レイは読んでいた本を静かに閉じると、表情を変えないままシンジの方に目を向けた。

「明日、午前0時より発動される、ヤシマ作戦のスケジュールを伝えます。碇、綾波両パイロットは、本日、一九ヒトキュウ三〇サンマル、第2ターミナルに集合。二〇フタマル〇〇マルマル、初号機、及び、零号機に付随し、移動開始。二〇フタマル〇五マルゴー、発進。同三〇サンマル、二子山第2要塞に到着。以降は別命あるまで待機。明日、日付変更とともに、作戦行動開始」

 シンジは淡々と話すレイの言葉を聞いて憂鬱な気分になった。

「食事」と言って、レイは用意されていた食事を指す。

「何も、食べたくない……」

 シンジはベッドに視線を落として力なく答えた。

「90分後に出発よ」

 レイはシンジの感情を一切織り込まずに業務的な会話を続ける。

「また、あれに乗れって言うのか……」

「そうよ」

「もう嫌だ……。もうあんな怖い思いしたくない。怖くて怖くて……でも逃げることも出来ないんだ……」

「エヴァが怖いの? じゃ、寝てたら?」

 レイはうなだれるシンジの姿を見下ろす。

「寝てたら、って……」

 シンジは驚いてレイの方を見る。

「初号機には、あたしが乗る」

 レイは自分の鞄を手に取って、あっさり出口へ歩いていく。シンジはベッドの上からレイよ呼び止めようとして叫ぶ。

「綾波!」

「さよなら」

 病室の扉が閉まる。静寂に包まれた病室で、シンジは孤独になる。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 完全に日が落ちた第3新東京市では、使徒がサーチライトの光で照らされていた。それは巨大なモニュメントのように街の上空に浮かび上がっていた。

『敵先端部、第17装甲体を突破』

 作戦本拠地周辺の準備は滞りなく進められていた。

『ネルフ本部到達まで、あと4時間55分』

『西箱根新線及び、南塔ノ沢架空3号線の通電完了』

 連結したディーゼル列車に乗せられて大量の変電設備が運び込まれる。陸路で輸送を行っているトラックが次々と到着する。

『現在、第16バンク変電設備は、設置工事を粗鋼中』

『50万ボルト通常変圧器の設置開始は予定通り。タイムシートに変更なし』

『第28トラック群は5分遅延にて到着。担当者は結線作業を急いでください』

 街中の電源を集めるための変圧器が郡をなしてしてひしめき合っている。

『全SMBusの設置完了。第2収束系統より動作確認を順次開始』

『全超伝導・常超飽圧対象変圧器集団の開閉チェック完了。問題なし』

 エヴァが射撃を行う場所に陽電子砲がクレーンで運び込まれる。

「これが大型試作陽電子砲ですか」

 マコトは発射台に設置された鉄の塊を見て感想を口にする。それは大型の船くらいもある常識外れの巨大なものだった。

「旧造品だけど、設計理論上は問題なしね」

 リツコは組みあがった作戦の要を見上げる。

「零点規制は、こちらで無理やりG型装備とリンクさせます」

 マヤはノートパソコンに向かって問題点を解決していく。

「ま、あてにしてます」とマコトが言う。

「アテになりそうもないのは、パイロットね。ミサト、うまくやるといいけど」

 

 ビルの間に掛かった空中の渡り廊下で、シンジは手すりにもたれて夜を眺めていた。

「シンジ君、集合時間はとっくに過ぎてるのよ?」

 シンジの様子を伺いに来たミサトは、ビルの外へ出てシンジに歩み寄る。

「あなた、自分で決めてここに残ったんでしょう? だったら自分の仕事をきちんとしなさい」

 ミサトは、夜風に吹かれて手すりの向こうを眺めているシンジに、後ろから語りかける。

「怖いんですよ。エヴァに乗るのが。ミサトさんたちはいいですよ、いつも安全な地下本部にいて命令してるだけなんですから。僕だけが、怖い目にあって、ミサトさんたちはズルいですよ!」

 シンジはミサトの方に振り向いて怒った表情を見せる。ミサトはどうしたものかと肩をすくめると、シンジの手を握ってビルの中へ戻っていく。

「ちょっち、付き合って」

 エレベーターに乗り込んだ二人は、手をつないだまま肩を並べて地下へと降りていく。

「15年前、セカンドインパクトで、人類の半分が失われた。今、使徒がサードインパクトを引き起こせば、今度こそ人は滅びる。一人残らずね」

 正面を見たままミサトが真面目な口調で話し始める。その話を聞いてシンジは、少しうんざりした表情で顔を背ける。

「聞きましたよ、その話は」

「私たちが、ネルフ本部レベルEEEへの使徒侵入を許すと、ここは自動的に自爆するようになっているの。たとえ使徒と刺し違えてでも、サードインパクトを未然に防ぐ。その覚悟を持って、ここにいる全員が働いているわ」

 ミサトが構わず話を続けていると、エレベーターのカウンターが「L-EEE」を指す。そして最深部に到達したミサトは、最後のゲートの前に立ってロックを解除する。

「これって……! まさか、エヴァ?」

 ゆっくりと開かれた重い鉄の扉の向こうには、十字架に貼り付けにされた巨人の姿があった。真っ白な体をした巨人は、下半身が無く、手に杭を打ち付けられ、胸には巨大な槍が刺さっている状態だった。

「違うわ。この星の生命の始まりでもあり、終息の要ともなる、第2の使徒リリスよ……」

「リリス……?」

「そう。サードインパクトのトリガーとも言われているわ。このリリスを守り、エヴァで戦う。それはあなたにしか出来ないことなの。私たちは、あなたとエヴァに、人類の未来を託しているわ」

「そんなつらいこと、なんで僕なんですか?」

 シンジは俯きぎみにミサトの顔を伺う。

「理由は無いわ、その運命があなただったってだけ。ただし、シンジ君一人が、命を賭けて戦っているわけじゃない。みんな一緒よ」

 ミサトは手をつないで横に立っているシンジの方に振り向いて、明るい表情を見せる。

「……もう一度、乗ってみます……」

 ミサトはシンジの手をぎゅっと握り締める。

 

 作戦現場にエヴァが運び込まれると、その機体がサーチライトに照らされて浮かび上がる。

「では、本作戦における、各担当を伝達します」

 ミサトは手を腰に当ててシンジとレイに指示を出す。

「シンジ君」

「はい」

「初号機で砲手を担当」

「はい」

「レイは零号機で、防御を担当して」

「はい」

 二人の返事の後で、リツコがより詳細な指示を説明する。

「今回は、より精度の高いオペレーションが必要求められます。そのため、未調整の零号機より、修復中ながらも、初号機のほうが有利なの。いい、シンジ君。陽電子は地球の自転、磁場、重力の影響を受け、直進しません。その誤差を修正するのを忘れないでね。正確に、コアの一点のみを貫くのよ」

「どこがコアかなんて、分からないですよ」

 リツコの理路整然とした説明を聞いていたシンジが、不安を覗かせる。

「大丈夫。目標内部に、攻撃形態中だけ実体化する部分があるわ。そこがコアと推測されるわ。狙撃位置の特定と、射撃誘導への諸元は、全てこちらで入力するから。あなたはテキスト通りにやって。最後に真ん中のマークが揃ったタイミングで、スイッチを押せばいいの。あとは機械がやってくれるわ」

 リツコが説明する背後では、初号機を射撃位置へ輸送する作業が進められていた。

「ただし、狙撃用大電力の、最終放電集束ポイントは、一点のみ。ゆえに初号機は、狙撃位置から移動できません」

「逃げられないってことですか……」

 シンジは作戦内容を聞いて、最悪の事態を想像する。

「そうよ」

「じゃあ、もし外れて敵が打ち返してきたら……」

「余計なことを考えないで、一撃で撃破することだけを考えなさい」

「(じゃないと大ピンチ、ってことですか)」

 リツコの説得で押し黙るシンジ。すると、横からレイが声を発する。シンジはそれに反応してレイの方を見る。

「……私は、私は初号機を守ればいいのね」

 零号機の作戦内容は、ただ初号機を守り抜くことだった。

 レイの言葉を聞いて、リツコは「そうよ」と答える。

「分かりました」とレイが言う。

「時間よ。二人とも着替えて」とミサトが促す。それに対してシンジとレイが「はい」と答える。

 

 シンジとレイは、仮設の更衣室でプラグスーツに着替える。二人の間は薄いシートで視界を遮られていた。レイが着替える姿が黒いシルエットになってシートに映る。シンジは着替え終わってベンチに座った。シートと床の間からは、レイの素足が見える。

「これで……死ぬかもしれないね」とシンジは言った。

 レイは制服を脱ぐと、裸のままプラグスーツに体を入れていく。シンジは床に落ちたレイの下着に気づいて、気まずぞうに目を背ける。

「いいえ、あなたは死なないわ」とレイが返す。

 レイがプラグスーツのスイッチを押すと、ぴったりと体になじむ。

「……私が守るもの」

 着替え終わったレイは、シンジにそう言い残して更衣室を出て行ってしまう。

「僕に守る価値なんて無いよ……」

 シンジはレイが去った更衣室で独りつぶやいた。

 

「本部広報部宛に届いていた伝言よ」

 プラグスーツに着替え終わったシンジへミサトがボイスレコーダーを手渡す。シンジは、その場でレコーダーを再生させて耳に当てる。

『あの、鈴原です。碇、いや、シンジと呼ばせてくれや。シンジ、頼むで』

『えー、相田です。碇、頑張れよ』

 シンジの耳に聞こえてきたのは、クラスメイトからの励ましの伝言だった。シンジは無言のまま、流れる音声を聞き入る。その時、ヤシマ作戦の第一段階である大規模な停電が始まった。街の明りが徐々に消えていく。街灯が消え、信号の明りも消えると、辺りは暗闇に包まれた。そして、作戦にエネルギーを一点に集中させるため、日本全国が消灯して夜と同化する。

 

 シンジは、作戦開始を待つ間、エヴァ搭乗のために立てられた足場に座って夜を眺めていた。

「綾波は、なぜエヴァに乗るの?」

 シンジは隣の足場に膝を抱えて座っているレイに尋ねる。

「絆だから」

「絆?」

「そう、絆」

「父さんとの?」

「みんなとの」

「強いんだな……綾波は」

「私には、他に何もないもの」

 レイはそう言って立ち上がる。

「時間よ。行きましょう」

 シンジは月明かりに照らされるレイの姿を見上げる。

「さようなら」

 レイは無言のシンジに別れを告げて初号機の方へと向かっていく。

 

『ただ今より、午前0時、丁度をお知らせします』

「時間です」

 マコトが時計を見て予定の時間が来たことを告げる。

「シンジ君、エヴァに乗ってくれた、それだけでも感謝するわ。ありがとう」

 ミサトはコックピットに座るシンジに通信を入れ、感謝の言葉を送る。

「ヤシマ作戦発動! 陽電子砲狙撃準備。第1接続開始」

 ミサトの号令と共に、今まで待機中にあったものが一斉に動き始める。

「了解、各方面の1次及び2次変電所の系統切り替え」

 マコトが順を追って作業を進める。それに続き、次々とオペレーターの通信が始まる。

『全開閉器を投入、接続開始』

『各発電設備は全力運転を維持。出力限界まであと0.7』

『電力供給システムに問題なし』

『周波数変換容量、6500万kWに増大』

『全インバータ装置、異常なし』

『第1遮断システムは順次作動中』

「第1から第803管区まで送電回路開け」

 マコトが次の指示を出す。

『電圧安定、系統周波数は50Hzを維持』

「第2次接続」

 ミサトが次のフェーズへの移行を宣言する。

『新御殿場変電所、投入開始』

『新裾野変電所、投入を開始』

『続いて、新湯河原予備変電所、投入開始』

『電圧変動幅、問題なし』

「第3次接続」

 オペレーターの各報告を受けてミサトが指示を続ける。

「了解、全電力、二子山増設変電所へ」

 マコトがミサトの指示をつなぐ。

『電力伝送電圧は、最高電圧を維持』

『全冷却システムは、最高出力で運転中』

『超伝導電力貯蔵システム群、充填率78.6パーセント』

『超伝導変圧器を投入、通電を開始』

『インジゲータを確認、異常なし』

『フライホイール回転開始』

『西日本からの周波数変換電力は最大値をキープ』

 大量のケーブルでつながれた機材に電力が供給されていく。発令所ではゲンドウと冬月が事の成り行きを見守る。

「第3次接続、問題なし」

 現状、作業は順調であることをマコトが確認する。

「了解、第4、第5要塞へ伝達。予定通り行動を開始。観測機は直ちに退避」

 ミサトの合図で、地上に設置されていた攻撃ポッドから大量のミサイルが発射される。ミサイルは群れとなって使徒へ一直線に向かっていく。射程範囲内に敵を捕らえた使徒は、小さなパーツに分離して時計のような陣形を取ると、荷電粒子砲を照射しながらぐるりと一回転させて応戦する。

「第3対地攻撃システム、蒸発!」

 ミサイル郡が一瞬にして消え去ったことをマコトが伝える。

「悟られるわよ、間髪入れないで。次!」

 ミサトは怯まずに次の攻撃を指示する。続いて、丘の上に設置された砲撃要塞から長距離射撃が実行される。砲弾は使徒の至近距離まで到達するも、A・T・フィールドによって弾き飛ばされてしまう。使徒は砲台のような形に変形すると、強力なエネルギーを一点に集中させて荷電粒子砲を放つ。

「第2砲台、被弾!」

 主モニターに映し出された攻撃用マップが次々と塗り替えられていく。

『第8VLS、蒸発!』

『第4対地システム、攻撃開始』

『第6ミサイル陣地、壊滅!』

『第5射撃管制装置、システムダウン!』

『続いて、第7砲台、攻撃開始』

 予想通り、通常兵器は使徒に対して全く歯が立たなかった。事前に分かっていることとは言え、NERVネルフ本部の焦りは強まっていく。

『陽電子予備加速器、蓄電中、プラス1テラ』

『西日本からの周波数変換電力は3万8千をキープ!』

『電圧稼働指数、0.019パーセントへ』

『事故回路遮断!』

『電力低下は、許容数値内』

『系統保護回路作動中。復帰運転を開始』

『第4次接続、問題なし』

 通常攻撃で使徒の目を眩ましている間に、初号機の陽電子砲につながれた充電装置に湯気が立ち込めてくる。

「最終安全装置、解除!」

 ミサトが号令を掛ける。

「撃鉄を起こせ!」

 マコトの指示で、ヒューズが装填され、うつ伏せの体勢で陽電子砲を構えた初号機の顔の前に照準が下りる。

「射撃用所元、最終入力開始!」

 マヤが陽電子砲のステータスを報告する。

『地球自転、及び、重力の誤差修正、プラス0.0009』

『射撃は、目標を自動追尾中』

『陽電子砲、加速磁場安定』

「照準器、調整完了」

 マヤが初号機側の準備が整ったことを伝える。

『陽電子加速中、発射点まであと0.2、0.1』

「第5次、最終接続!」

 続いて、ミサトが次の段階へ進めるように指示を出す。

「全エネルギー、超高電圧放電システムへ!」

 マコトが現場へ指示を回す。

『第1から、最終放電プラグ、主電力よし!』

『陽電子加速管、最終補正パスル安定。問題なし』

 外で慌しく準備が進められる中で、シンジは緊張感と共に呼吸を荒く乱していた。その時シンジの中では、自分の存在と今担っている責任の重さが乖離し、心の中に葛藤を生んでいた。

「(綾波ほどの覚悟もない。うまくエヴァを操縦する自信もない。理由も分からずただ動かしてただけだ! 人類を守る? こんな実感もわかない大事なこと、なんで僕なんだ?)」

 それでも現実が待ってくれる訳ではなかった。マコトのカウントダウンが、シンジを現実へと引き戻す。

「13、12、11、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1……」

「発射!」

 ミサトの合図で、シンジは引き金を引いた。充電された電力が、陽電子砲の先端から一気に放出される。陽電子砲の放ったエネルギーの塊は、使徒のA・T・フィールドを貫通して、その個体を捕らえたかに見えた。体を構成する物質が、消し炭のように黒くなり硬直し、悲鳴のような金切が響き渡ると、大量の血が辺り一面に撒き散らされた。

「やったか!?

 ミサトは拳を握り締めてモニターを見る。

 しかし、使徒は元の正八面体の姿に戻ると、ひび割れた体を修復して反撃に転じる。

「……外した!」

 ミサトがそれを見て身を乗り出す。

「まさか、このタイミングで!?

 マコトが叫ぶ。

「目標に、高エネルギー反応!」

 モニターに映し出された変化に気づき、マヤが報告を入れる。

「総員、直撃に備えて!」

 ミサトが叫んだ瞬間、使徒はヒトデのような形体に変化し、シンジたちのいる方へ向かって強力な荷電粒子砲を発射する。使徒の放った一撃は、矢のように鋭く山に到達すると、その高温であらゆるものを融解させる。

「う、くっ!」

 シンジは、強烈な爆風によって高温にさらされる。

「……エネルギーシステムは?」

 大きな揺れで吹き飛ばされたミサトは、歯を食いしばりながら起き上がってマコトに聞く。

「まだいけます。すでに、最充填を開始」

 マコトは注意深くモニターを見据える。

「陽電子砲は?」

 ミサトは膝をついたままマヤに尋ねる。

「健在です、現在砲身を冷却中、でもあと一回撃てるかどうか……」

 使徒の攻撃を正面から食らった初号機は、後ろに吹き飛ばされて体制を崩していた。

「確認不要、やってみるだけよ。シンジ君、大丈夫? 急いで、初号機を狙撃ポイントに戻して」

 シンジは震える体を抱きかかえて、コックピットの上で小さくなっていた。

「……シンジ君?」

 ミサトは返事をしないシンジを心配して名前を呼ぶ。

「はぁっ、はぁっ、うっ……うっ……」

 発令所のモニターにシンジが苦しむ声が聞こえる。

「現時刻を以って、初号機パイロットを更迭。狙撃手は、零号機パイロットに担当させろ」

 ゲンドウは司令席に座ったまま、無常にも思える指示をミサトに与える。

「碇!」

 冬月はゲンドウの言葉を確かめるように聞く。

「使えなければ、切り捨てるしかない」

「待って下さい! 彼は逃げずにエヴァに乗りました。自らの意志で降りない限り、彼に託すべきです!」

 ミサトは、発令所に映像を回してシンジの続投を支持する。

 シンジは、苦痛に耐えながら操縦桿を握りなおす。

『シンジ、頼むで!』トウジの声が聞こえる。

『碇、頑張れよ!』ケンスケの声も聞こえる。

 シンジは、ダメージを受けた初号機の重い体を起こして陽電子砲を抱え上げる。

「自分の子供を、信じてください! 私も、初号機パイロットを信じます」

 ミサトはゲンドウを見据えて決断を迫る。

「任せる。好きにしたまえ」

 ゲンドウは動き出した初号機とミサトの顔を見て、結果を委ねる。

「ありがとうございます!」

 ミサトはゲンドウに例を言って通信を切ると、すぐさまシンジに音声をつなぐ。

「シンジ君」

「はい……」

「今一度、日本中のエネルギーと一緒に、私たちの願い、人類の未来、生き残った全ての生物の命、あなたに預けるわ。頑張ってね」

「はい!」

 シンジは、もう一度目に力を戻して使徒に向き合う。

「銃身、固定位置!」

 マコトの状況報告に続いて、男性オペレーターの無線が聞こえる。

『放電システムを再調整』

「初号機、G型装備を廃棄、射撃最終システムを、マニュアルに切り替えます」

 マヤが第2射の準備に入る。

「敵先端部、本部直上、ゼロ地点に到達」

 シゲルが使徒の侵攻について報告する。

「第2射、急いで!」

 ミサトが焦りを抑えきれずに声を上げる。

「ヒューズ交換、砲身冷却終了!」

 マコトがステータスを読み上げると、各オペレーターから続々と無線が届く。

『送電システム、最大出力を維持します』

『地上作業員、退避完了』

『各放電プラグ、問題なし』

「射撃用諸元、再入力完了。以降の誤差修正は、パイロットの手動操作に任せます」

 マヤが、シンジに対して言った。

『圧力、発射点まで、あと0.2』

 準備完了の間際、マヤが使徒の攻撃を察知する。

「目標に、再び高エネルギー反応!」

「やばいっ!」

 ミサトがモニターの方に振り返って叫ぶ。

 使徒は再び初号機に向かって強力な荷電粒子砲を発射した。

「うわっ!」

 シンジはとっさに声を上げる。初号機が狙いを定めていた山は、またしても高熱のエネルギーに包また。

「シンジ君!」とミサトが叫ぶ。

 シンジが目を開けると、目の前に盾を構えて荷電粒子砲を防ぐ零号機の姿が見えた。

「綾波っ!」

 シンジは零号機に向かってレイの名前を叫ぶ。

「楯が持たない!」

 リツコの言う通り、盾は使徒の攻撃に耐え切れずに崩壊を始める。

「まだなの!?

 ミサトが充電完了を待ちわびる。

「あと20秒!」

 マコトがすぐさま報告を入れる。

「早く……早く……! 早くっ……! 早くっ! ……!」

 焦るシンジ。初号機の前で、零号機が序所に押されて姿勢を崩し始める。盾はそのほとんどを融解させ、高エネルギーを防ぎきれないところまで来ていた。

 充電が完了し、第2射が可能な状態になると、シンジが覗いていた照準が使徒へと定まる。シンジは間髪居れずにトリーガーを引く。発射された陽電子砲は、使徒の荷電粒子砲を押し返し、使徒のコアを一直線に吊らぬく。使徒は攻撃を止め、後方から火を噴きながら正八面体へ戻る。そして次の瞬間、突然無数の棘状の形体に変化すると、悲鳴を上げながらコアを破裂させる。

「やったっ!」

 ミサトは思わずガッツポーズを作る。

 ジオフロントの天井を突き破って降下していた使徒の先端は、血の雨に変わってNERVネルフ本部へ降り注いだ。

 

 使徒の攻撃を耐えたシンジは、零号機の元へ向かってレイの名を叫ぶ。

「綾波っ!」

 ぐったりと湖へ倒れこんだ零号機を初号機が抱え上げ、プログ・ナイフを使ってエントリープラグを強制的に取り出そうとする。なんとかプラグを取り出したシンジは、初号機の手でレイの乗ったプラグを地上に運ぶ。

 シンジは初号機から降りると、レイのエントリープラグへ駆け寄ってハッチをこじ開けようとする。プラグの温度は焼けるほど上昇していたが、シンジは火傷を負うこともいとわずに手に力を入れて回す。

「綾波っ! 大丈夫か、綾波っ、綾波! ……っ!」

 レイは、シンジの呼びかけに気づいて、眠りから覚めるようにして顔を上げる。レイの無事な姿を見て安堵したシンジは、乱れていた呼吸を沈める。

「自分に、自分には他に何もないって、そんなこというなよ。別れ際にさよならなんて……悲しいこと言うなよ……」

 そう言って、シンジは肩を震わせて泣き始める。

「なに、泣いてるの?」

 レイは泣いているシンジを目の当たりにして、感じたままを口にする。

「ごめんなさい。こういうとき、どんな顔をすればいいのか、分からないの」

 すると、下を向いていたシンジは、優しく柔らかな表情を見せる。

「笑えば……いいと思うよ……」

 シンジのその言葉を聞いて、レイは自分の中に沸き起こる不思議な感覚に驚かされる。

「……」

 レイは、シンジに向かって優しい微笑みを向ける。シンジはそっと手を差し伸べる。レイはシンジの手に自分の手を重ねる。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 その頃、一人の少年が月で目を覚ました。月の表面には血で描かれたような赤いラインが引かれていた。月面に置かれた九つの棺のうち、四つは開かれ、五つ目の棺から少年は体を起こした。その少年の前にSEELEゼーレのモノリスが現れる。

「分かっているよ。あちらの少年が目覚め、概括の段階に入ったんだろう?」

 棺から起き上がった少年・渚カヲルは、宙に浮かぶモノリスを見上げる。

「そうだ。死海文書外典は掟の書へと行を移した。契約の時は近い」

 月面に佇むカヲルを見下ろしていたのは、SEELEゼーレの一人・キールのモノリスだった。カヲルの目の前には、巨大な穴が掘られ、使徒が人為的に寝かされていた。

「また3番目とはね。変わらないな、君は。逢える時が楽しみだよ、碇シンジ君」

 カヲルは地球を見上げて不敵な笑みを浮かべる。まるでこれから起ころうとしているシナリオを知っているかのように。

 ――つづく。


 エンディング曲「Beautiful World」


 ――予告。

 出撃するエヴァ仮設5号機。

 配属されるエヴァ2号機とそのパイロット。

 消滅するエヴァ4号機。

 強行されるエヴァ3号機の起動実験。

 そして、月より飛来するエヴァ6号機とそのパイロット。

 次第に壊れていく碇シンジの物語は、果たして何処へと続くのか。

 次回、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』

 さぁて、この次も、サービスサービスぅ!


映像の書き起こし部分に関しては著者の独自の解釈を含みます。よって、厳密に公式の意図を反映したものではない可能性があることをご留意ください。また、作品に登場する直接のセリフ等は全て©カラーに帰属します。

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