シンジが登校した日、トウジはシンジを渡り廊下に呼び出し、自分を殴るように言った。
「手抜きは無しや、ええから早うせい! せやないと、ワシの気持ちもおさまらん!」
「ま、こういう実直なやつだからさ。頼むよ」
シンジは、右手を振りかぶってトウジの左頬を殴る。
「……これで貸し借りチャラや! 殴ってすまんかったな、碇」
トウジは、痛みに耐えて左頬を腫らしながら笑う。シンジは肩の力を抜いてトウジを見て微笑むと、自分の拳に視線を向ける。
「……」
その時、レイは校舎の窓から三人の光景を見つめていた。
プールの授業ではしゃぐ女子たちの姿を、その足元にあるグランドから男子が羨ましそうに眺めていた。レイは、クラスメイトの輪には入らずに、日除けの下で体育座りをしてフェンスに寄りかかっていた。シンジは、一人静かに座るレイの姿を見上げていた。
「綾波レイ、十四歳。マルドルックの報告書によって選ばれた最初の適格者、第1の少女、すなわちエヴァンゲリオン試作零号機、専属操縦者。過去の経歴は白紙、全て抹消済み」
リツコはレイの経歴についてシンジに説明する。
「その綾波を助けるために、父さんが……」
シンジは、過去に起こった事故のことを聞いて意外に思う。
※ ※ ※ ※ ※
「起動システムに、異常発生!」
零号機の実験中に、異常を知らせるステータスを感知してマヤが声を上げる。
『第3ステージにも問題発生! 中枢神経素子も、内部拒絶が始まっています』
『主伝導システム、混線! 流動中』
「パルス逆流! せき止められません!」
オペレーターの対応も効果がないまま、事態は悪化していく。
『直通モニター、断線しました!』
「プラグ深度不安定、エヴァ側に引き込まれて行きます!」
マヤが続けて報告する。
「コンタクト停止。6番までの回路、緊急閉鎖!」
リツコが素早く指示を出す。
「だめです、信号が届きません! 零号機、制御不能!」
マヤが声を上げた途端に、零号機が固定器具を破壊して暴れ始める。
「実験中止! 電源を落とせ」
ゲンドウが指示を飛ばす。
「はい!」
リツコが緊急用のコックを引く。零号機の背中に付いていた、外部電源装置が外れて床に落ちる。
「零号機、予備電源に切り替わりました」
リツコに続いて、マヤがステータスを報告。
「完全停止まで、あと35秒!」
零号機は頭を抱えながら苦しみ悶えるようにして暴れまわる。
『自動制御システム、いまだ作動せず』
そして、コントロールルームに近づくと、窓ガラスを殴り始める。エヴァの強力な力によってコントロールルームの窓枠が大きくひしゃげる。窓ガラスにひびが入り、粉々に砕け散る。窓ガラスの前に立っていたゲンドウは、そこに立ったまま避けようとしない。
「危険です、下がってください!」
リツコがゲンドウに向かって叫ぶ。
「オートイジェクション、作動します!」
マヤがモニターを見て報告する。
「いかん!」
それを聞いたゲンドウが、零号機の方に身を乗り出す。次の瞬間、零号機の背中のハッチが開き、エントリープラグが強制的に射出される。射出されたプラグは、ジェット推進の勢いで天井に激突すると、壁の隅を伝って部屋の角へ滑って行く。そして、ジェット推進が切れて降下したプラグは、勢い良く床に叩きつけられてしまう。
「特殊ベークライト、急いで!」
暴走を止めない零号機は、壁に頭を打ちつけて壁を破壊し始める。リツコは、硬化するベークライトを注入して、零号機の足を固めるように指示を出す。
「レイ!」
ゲンドウは、落下したエントリープラグを見て叫ぶ。マヤが零号機の暴走が止まるまでのカウントダウンを開始する。
「完全停止まで、あと10秒。8、7、6、5、4、3、2、1――。零号機、完全停止」
零号機は何度も壁に頭を打ち付けた後に停止した。ゲンドウは、すぐさま下に降りて落下したエントリープラグの方へ駆け寄っていく。プラグのハッチは高熱で焼けるように熱くなっていた。しかし、ゲンドウは素手でそれをこじ開けると、中に入ってレイの無事を確かめようとする。
「レイ、大丈夫か、レイ!」
床に落ちたゲンドウの眼鏡が、高熱によって歪み、レンズにひびが入る。
「……そうか……」
コックピットにもたれかかったレイが体を起こす。それを見たゲンドウは、安堵の表情をレイに向けた。
※ ※ ※ ※ ※
「にわかには信じられないわねぇ」
リツコが語る過去の出来事を聞いたミサトが感想を漏らす。
「正規の報告書では削除されているけれど、紛れも無い事実よ」とリツコが言う。
「そんな暴走事故を起こした零号機の凍結解除、ちと性急過ぎない?」
ミサトがこれまでの流れに疑問を呈する。
「使徒は再び現れた。戦力の増強は、我々の急務よ」
リツコは当然のように理屈で答える。
「それは、そうだけど……」
ミサトは何か釈然としない物を残しながら、一応うなずく。
「レイの再起動実験はすでに検証済み、零号機本体に問題は無いわ。神経接続の調整が済めば……」
「……即、再配備。というわけね」
※ ※ ※ ※ ※
「綾波、どうしていつも……一人なんだろう」
シンジは初号機でのシンクロテスト中に、コックピットから見える視点でレイの姿を追っていた。零号機から降り立ってゲンドウと親しげに話すレイの姿を見て、シンジは妙な気分になる。初めて見る笑顔で会話しているレイの姿。自分には見せない表情をレイに向けるゲンドウ。そのどちらも、シンジには意外な光景に映った。
『エヴァ初号機は、第3次冷却に入ります。第6ケージ内は、フェーズ3までの各システムを落としてください』
『先のハーモニクス、及びシンクロテストは異常なし。数値目標を全てクリア』
『了解、結果報告はバルタザールへ』
『エントリープラグのパーソナルデータは、コールレンジにてメルキオールへコピー。データ送りします』
『回路接続。第3次冷却、スタートします』
『カスパーの状況データを、メルキオールへコピー』
『現在、初号機の最新値は0.8』
『各タンパク壁の状態は良好。各部、問題なし』
『零号機の連動試験再開まで、マイナス百五十分です』
「了解。定時シンクロテスト、第508プログラム終了。シンジ君、お疲れ様」
マヤがテストが終了したことをコックピット内のシンジに音声で告げる。
※ ※ ※ ※ ※
ミサトとリツコは、仕事が終わってからバーで飲んでいた。ジオフロントに格納されたビル郡が一望できる大きな窓のついた店内には、二人以外の客の姿は見当たらない。リツコは3本目のタバコに火をつけてから、ミサトにシンジのことを尋ねる。
「どう? 彼との生活は」
「まあね、少し慣れた」
ミサトは頬杖をついて冴えない返事を返す。
「まだ緊張してるの? 男と暮らすの、初めてじゃないでしょ?」
「8年前とは違うわよ、今度のは恋愛じゃないし」
ミサトは手をだらんと振って昔の記憶を払いのける。
「それはどうかしら。シンジ君、あなたがいるから残ったんじゃない?」
「違うわ……」
ミサトの返事を聞いて、リツコはタバコを持った手を止める。その弾みで長くなっていたタバコの灰が落ちる。
「……たぶん、お父さんがいるからよ。お父さんに自分を見て、知って、触れて、一言でいい、褒めて欲しいのよ。孤独を感じさせない愛情が欲しいだけだと思う……」
ミサトはテーブルの上を見つめて神妙な面持ちになる。
「父親との確執、ミサトと同じね」
リツコは外の景色を眺める。
「碇司令、どうして自分の息子に、あそこまで興味無いのかしら。レイとは話してるみたいなのに、バランス悪いわね」
ミサトは、リツコの横顔をちらっと見てから、外の景色に目を向ける。
「最近の男は、すべからく自分にしか興味ないのよ」
「女にはつらい時代になったわね」
ミサトは、もう一度テーブルに目を落とす。
「さて、と。時間だし、戻らなくちゃ」
リツコはタバコを灰皿に擦り付けると、バッグを持って席を立つ。
「相変らず仕事の虫ねえ」
ミサトは少し呆れてみせる。
「ミサト。帰るからこれ。シンジ君の正式なセキュリティーカードと、綾波レイの更新カード。さっき渡しそびれて。明日シンジ君に頼めるかしら」
リツコは、バッグからシンジのIDカードとレイのカードを取り出すと、重ねてミサトの前に置く。
「ああ、いいけど」
ミサトは少し意外だというような表情をして要件を受け取る。
※ ※ ※ ※ ※
シンジは、自分の部屋のベッドに寝転んで、ミサトに渡されたレイのカードを眺めていた。
「綾波レイ……。父さんはなんで笑ってるんだろう。なんで僕には笑わないんだ……」
仰向けに寝転んだシンジは、手に持ったレイのカードを天井に掲げながらつぶやく。
※ ※ ※ ※ ※
翌日、シンジはレイのマンションを訪ねた。辺りは開発途中で、工事中の無機質な鉄骨音が響いていた。シンジは「綾波」の表札が掲げられた部屋の呼び出しボタンを何度か押した。しかし返事は無かった。仕方が無いので、シンジはドアを恐る恐る開けて中を覗く。
「ごめんください……ごめんください! 碇だけど。……綾波、入るよ」
シンジは声を掛けながら、キッチンのある廊下を抜けてゆっくりと中に入っていく。
薄暗い部屋だった。打ちっぱなしのコンクリートで出来た平坦な壁。じめじめした空気。カーテンの隙間から光が差し込んでいる。血の付いた枕。脱ぎ捨てられた制服がベッドの上に置かれている。部屋の隅にポツンと佇む冷蔵庫は、腰くらいの高さで、一人暮らしでも十分とは言えないような大きさだ。
冷蔵庫の上には、薬だと思われるいくつかの錠剤と瓶が置かれていた。冷蔵庫の脇にはダンボールが口を開け、血だらけの包帯が放り込まれていた。シンジはまるで生活感のない部屋をもう一度見渡してみる。すると、窓際に置かれた机の上に眼鏡が置いてあることに気づく。
「……綾波のかな?」
シンジは、ヒビの入った眼鏡を見て無意識につぶやくと、おもむろに手にとってそれを掛けた。
その時、さっき通ったキッチンの方から、ガラガラという音が聞こえた。振り返ったシンジは、ヒビの入った視界の中にレイの姿を捉えて動揺する。レイはシャワーを浴びたままの格好で、濡れた髪をタオルで拭いていた。レイは突然の訪問者に驚くというよりも、自分の所有物を勝手に触られて腹を立てた、というような表情でシンジに歩み寄って行く。
「……! い、いやあのっ! 僕は、別にっ」
シンジは言い訳できずに取り乱した。レイはシンジの掛けている眼鏡に手を伸ばすと、そのまま無言でむしり取った。すると、足を滑らせたシンジがレイの方へ倒れ込んで、そのまま床へ押し倒してしまった。更に、肩から下げたカバンのベルトが下着の入った引き出しに引っかかり、辺り一面に白い布を散乱させた。
「あっ、うわっ……わあぁっ!」
レイは、さっきまで体を包んでいたバスタオルの上に体を投げ出される。シンジがレイの上に覆い被さるようにして膝を付いた。シンジは事の顛末を察して押しつぶされそうになる。すると、目を見開いてシンジを直視していたレイが、感情を一切排除した声で言う。
「どいてくれる」
「……うわっ!」
シンジは、自分の手に触れているものがレイの胸だったことに気づいて、弾き飛ばされるように立ち上がる。
「あ、あのっ!」
レイは、あらゆる部分を隠そうとせずにそのまま立ち上がると、まるでシャワーを浴びてから何も起こっていないという仕草で下着を身に付け始める。
「なに?」
シンジは、レイの声を聞いて手に残る胸の感触から覚める。
「え、あぁあの、僕はあの……その……」
シンジは、着替えを続けるレイの後姿に気をとられてなかなか言葉が出てこない。
「ぼ、僕はっ、た、頼まれてっ、つまり、なんだっけ……。か、カード、カードが新しくなったから、と、届けてくれって……だから、だから、別にそんなつもりは……」
レイは着替え終わると、眼鏡をケースにしまって見つめた。シンジがそこにいる理由など全く気にしていないように。
「リツコさんが、渡すの忘れたからって、ホントなんだ。そ、それでチャイム鳴らしても誰も出ないし、鍵は、開いてたんで……」
レイはシンジが全てを言い終わる前に、玄関のドアを開けて出て行ってしまう。シンジは成すすべもなく、レイの部屋に一人取り残された。
レイを追いかけて同じ電車に乗車したシンジは、何を話していいのか分からずに離れた席に座る。
『セントラルドグマは、現在開放中です。グループ3は、第4直通ゲートを使用してください』
NERV本部のゲートに到着したレイは、古い方のカードを通したことで足止めを食らう。レイが反応しないカードリーダーにもう一度カードを通すと、後からシンジが新しいカードを通して、ゲートを開けた。
「これ、綾波の新しいやつ。リツコさんに頼まれて」
そう言ってシンジは、新しいIDカードをレイに手渡す。レイは無言でシンジの手からカードをむしり取ると、そのままゲートの先へと進んで行ってしまう。シンジは呆気に取られたまま、レイの後ろ姿を目で追う。
「さっきは、ごめん」
エスカレーターで地下に向かいながら、シンジは目の前にいるレイに話しかける。
「なにが?」
流れる沈黙。
「……ねえ、綾波は怖くないの? またあのエヴァンゲリオンに乗るのが」
シンジは自信の含まれていない声で、レイの背中に問いかける。
「どうして?」
レイは前を向いたまま、感情の混じっていない声で聞き返す。
「前の実験で、大怪我したって聞いたから、それで……平気なのかなって思って……」
「そう。平気」
聞かれた内容を解釈して、レイは最低限の返事をする。
「でも、またいつ暴走して危ない目に会うか……。使徒に負けて、殺されるかもしれないんだよ、僕らは」
シンジは、相手の共感が得たくて一方的に話しを続ける。
「……あなた、碇指令の子供でしょ。信じられないの? お父さんの仕事が」
レイは前を向いたまま淡々とした口調でシンジの真意を確かめる。
「当たり前だよ、あんな父親なんて!」
シンジはさっきよりも口調を強めて自分の気持ちを吐き出す。
「……あ、あの……」
それを聞いたレイは、さっと後ろを振り向くと、エスカレーターを一段上ってシンジの目の前に近づいた。そして、呆気に取られるシンジの目を真っ直ぐ睨みつけて、右手で思いっきりシンジの頬を打った。シンジは、打たれた頬を手で確かめながら、歩き去って行くレイを見ることしかできなかった。
※ ※ ※ ※ ※
第3新東京市上空に、巨大な飛行物体が現れた。まるで機械のように正確な正八面体をしたその形状は、ゆっくりとジオフロントがある方へと近づいて行く。早くも第1発令所では「分析パターン:青」を確認し、第6使徒として認定していた。
『監視対象物は、小田原防衛線に侵入』
『未確認飛行物体の分析を完了。パターン青。使徒と確認』
そこへゲンドウと冬月がブリッジに乗って上がってくる。
「やはり、第6の使徒だな」と冬月が言う。
「ああ。初号機を出撃させる」
ゲンドウは、そう言って指で眼鏡を上げる。
「エヴァ初号機、発進準備」
ミサトの指示がケイジ内に響き渡る。
『第2指令具、換装』
「目標は、芦ノ湖上空へ侵入」
シゲルが状況を伝える。
「エヴァ初号機、発進準備よろし!」
マコトが最終確認を終える。
「発進!」
ミサトの号令と共に、初号機が地上へ向けて射出される。その時、シゲルのモニターに使徒の変化を知らせるシグナルが表示される。
「目標内部に、高エネルギー反応!」
「なんですって!?」
ミサトは直ぐに事態を察知する。
「まさか!」
リツコが主モニターの方へ身を乗り出す。
「避けてっ!」
ミサトがシンジに向かって叫ぶ。
使徒は、八面体の体を複雑に変形させると、中心のコアから高エネルギーの荷電粒子砲を発射した。粒子砲を受けたビルは高熱で融解し、そのまま貫通してしまう。そして、使徒の放った粒子砲は勢いの衰えぬまま、地上の射出口に出たばかりの初号機に直撃する。
「うぅうっ、うっ……」
シンジは、胸の部分に痛みを感じて苦しむ。
「シンクロ、ミニマムまで落として」
みるみるうちに変化していくモニターの情報を見て、リツコが素早く指示を入れる。
「防護アーマーを展開!」
ミサトは応急処置として、初号機の正面に攻撃を防ぐ防壁を展開させる。使徒は一旦攻撃を止めると、形体を変化させてより強力な粒子砲を照射する。そのとてつもない火力に、街の建物は一瞬で吹き飛び、防壁も軽々と溶けてしまった。
「迎撃中止! エヴァ初号機を緊急回収!」
次々と主モニターに警報のシグナルが映し出される。ミサトは急いで初号機を撤退させようとする。
「だめです、カタパルト融解、作動しません!」
しかし、射出ゲートが壊れて動かないことをマコトが知らせる。
「A・T・フィールドは?」
リツコはマヤの後ろから、モニターを覗き込む。
「限界まで展開中。現状を、かろうじて中和しています!」
マヤが機体の状態を参照する。初号機の機体のサーモグラフがみるみるうちに赤くなっていく。
「うわあぁぁぁっ……あぁぁぁ! 嫌だ! もう嫌だ! ここから出して! 出してよ父さんっ!」
地獄の業火で焼かれるような痛みに絶えかねて、シンジはもがき叫び続ける。
「作戦要綱を破棄、パイロット保護を優先。プラグを緊急射出して!」
発令所に響き渡るシンジの声を聞いて、ミサトはマコトに指示を入れる。しかし、事態を静観するゲンドウはそれをさせない。
「ダメだ」
「いまパイロットを失えば、エヴァのA・T・フィールドは完全に消失してしまう。最も憂慮すべき事態よ」
リツコも緊急射出に反対の意見を述べる。
「しかし……。已むを得ない……」
ミサトは一瞬床に視線を落として次の手を考えると、前を向きなおしてオペレーターに指示を出す。
「機体を強制回収。爆砕ボルトに点火して!」
ミサトの指示により、初号機が立っているブロックの地盤を支えるロックが爆破される。そして、街の一角ごと地下へと回収することによって、なんとか初号機を回収することに成功する。初号機が地下へ潜ると、使徒は攻撃を止めて元の形へと姿を変える。
「目標は、攻撃を中止」
シゲルが使徒の状態を伝える。
「初号機回収、救急ケイジへ!」
マヤが回収したエヴァの対応を急ぐ。
「救護班、待機!」
ミサトがシンジの身を案ずる。
「プラグ内L.C.L.冷却を最優先!」
リツコが指示を加える。
「パイロット確認、心音微弱!」
マコトがシンジの容体を報告する。
「プラグの生命維持機能を最大。心臓マッサージ!」
それを聞いたリツコは対応を図る。
「はい」
心臓マッサージが行われシンジの状態がモニターに送られてくる。
「パルス確認!」
マコトは画面を注視しながら報告する。
「プラグ、強制排出! L.C.L.、緊急排水」
リツコが指示を続ける。
「はい!」
『L.C.L.、排水中』
現場で作業が着々と行われ、シンジは、無事にエントリープラグの外へ運び出される。
「救護処置急いで!」
ミサトが内線に向かって声を上げる。気を失ったままのシンジは、プラグスーツを脱がされ、救護ベッドに乗せられると応急処置の部屋へと運び込まれる。
その頃、使徒はゆっくりと飛行しながらジオフロントの真上まで侵攻していた。地下のNERV本部がある位置で停止すると、正八面体の地面に最も近い部分をドリル状に変化させて地面に突き刺した。使徒は、硬いガラスでありながら同時に液体であるかのように、自らの体の形を柔軟に変えていく。地面に突き刺さったドリルは、そのまま地下を目指して掘り進めて行こうとしていた。
「現在目標は我々の直上に侵攻、ジオフロントに向けて穿孔中です」
ミサトは戦術作戦部作戦局第一課に職員を招集し、使徒殲滅に向けた作戦会議を行っていた。
「奴の狙いは、ここネルフ本部への直接攻撃か。……では各部署の分析結果を報告して」
「先の戦闘データから、目標は一定距離内の外敵を自動排除するものと推察されます」
男性職員がプリントアウトしたデータを見ながら報告する。
「エヴァによる近接戦闘は無理というわけね。A・T・フィールドはどう?」
ミサトがマヤの方を見る。
「健在です。おまけに位相パターンが常時変化しているため、外形も安定せず、中和作業は困難を極めます」
リツコの隣に座ってノートパソコンを開いているマヤは、ミサトの方に体を向けて分かっている事を告げる。続いてミサトの後ろに立っていたマコトが発言する。
「MAGIによる計算では、目標のA・T・フィールドをN2航空爆雷による攻撃方法で貫くにはネルフ本部ごと破壊する分量が必要との結果が出ています」
「松代のMAGI2号も同じ結論を出したわ。現在日本政府と国連軍が、ネルフ本部ごとの自爆攻撃を提唱中よ」
リツコは眼鏡を掛けてデータの書かれた紙をめくる。
「対岸の火事と思って無茶言うわね。ここを失えば全てお仕舞いなのに」
ミサトは上を向いて愚痴をこぼす。
「しかし、問題の先端部は、装甲複合体、第2層を通過。すでに、第3層まで侵入しています」とミサトの正面に座っている男性職員が伝える。
「今日までに完成していた22層の全ての複合特殊装甲体を貫き、本部直上への到達予想時刻は、明朝、0時6分54秒。あと、10時間14分後です」
すでにカウントダウンが始まっているモニターの光に照らされながら、シゲルがミサトを見る。
「おまけに零号機は未調整のため実戦は不可能」とマコトが言う。
「初号機も先の損傷で、当分まともに動けないわよ?」と言ってリツコがミサトを見る。
「状況は芳しくないわねぇ」
ミサトがやれやれといった感じで頭を掻く。
「まさに八方ふさがりですね……」と言ってマヤがミサトを覗き込む。
「白旗でもあげますか……」
そう言ったマコトの方を振り返って、ミサトは強い眼差しを見せる。
「そうね。……その前にちょっち、やってみたいことがあるの。確か戦自研の極秘資料、諜報部にあったわよね」
「え?」
「しかしまた、無茶な作戦を立てたものね、葛城作戦部長さん?」
ミサトとリツコは、新たな作戦の準備のために早速現地へと飛んだ。
「無茶とはまた失礼ね、残り9時間以内で実現可能、おまけに最も確実なものよ?」
ミサトは、ヘルメットを被って建設中の作戦現場を進んでいた。そして、列を成す大型ダンプカーの間を通って目的の場所へと向かう。
「ヤシマ作戦。その名のごとく、日本全土から電力を接収し、戦自研が極秘に開発中の、大出力陽電子自走砲まで強制徴発。未完成で自律調整できない部分はエヴァを使って精密狙撃させる。国連軍はいいとして、よく内務省の戦略自衛隊まで説得できたわね」
ミサトとリツコは、次々と資材が運ばれる現場を確認しながら歩く。
「ま、いろいろと貸しがあるから」
そして、二人は高台に上ると湖の向こうに見える使徒の姿を捕らえた。本作戦はこの場所から決行される予定になっていた。
リツコはその光景を見てつぶやく。
「蛇の道は蛇……」
『今夜、午前0分より未明にかけて、全国で大規模な停電があります。皆様のご協力を、お願いします。繰り返します。午前0分より未明にかけて、全国で大規模な停電があります。皆様のご協力を、お願いします』
市街地では、至る所で市民向けのアナウンスが繰り返されていた。
トウジとケンスケは非難所に向かう前に、公衆電話である場所へ電話を済ませる。
「じゃ、行くで」
「うん」
二人は確認し合って避難所へと向かう。
※ ※ ※ ※ ※
レイは、シンジの運び込まれた応急施設の外で回復を待っていた。シンジの鞄とゲンドウの眼鏡を膝の上に置いて、椅子の上で静かにドアを見つめていた。
※ ※ ※ ※ ※
日が西に傾きかけた頃、使徒は未だ第3新東京市の地下へ侵攻を続けていた。一方、ヤシマ作戦の準備は着々と進めれれていた。膨大な資材と人が投入され、作戦本拠地周辺は異様な熱気に包まれていた。
「使徒の先端部、第7装甲板を突破」
シゲルが使徒の状況を報告する。
「エネルギーシステムの見通しは?」
トラックの荷台に作られた仮設の司令室でミサトが状況を確認する。
『電力系統は、新御殿場変電所と予備2箇所から、直接配電させます』
『現在、引き込み用超伝導ケーブルを、下二子山に向けて敷設中。変圧システム込みで、本日22時50分には、全線通電の予定です』
オペレーターの通信が次々と流れ込んでくる。
「狙撃システムの進捗状況は?」
ミサトが確認を続ける。
「組立作業に問題なし。作戦開始時刻までには、なんとかします」
「エヴァ初号機の状況は?」
ミサトは素早く振り返り、次々と指揮を執っていく。
「現在、狙撃専用のG型装備に換装中。あと2時間で形に出来ます」
「了解。あとは、パイロットの問題ね」
ミサトは一通りの確認を終えると、モニターをじっと見つめる。
「でも彼、もう一度乗るかしら?」
リツコは、ミサトが抱えている不安を具体的な言葉にして出す。
NERV本部の司令室。冬月は、本作戦においてゲンドウがどういう思惑を持っているのかを確認する。
「初号機パイロットの処置はどうするつもりだ?」
「ダミープラグは試験運用前の段階だ。実用化に至るまでは、いまのパイロットに役立ってもらう」
ゲンドウは、あくまで乗ることを前提に考えを進めているようだった。
「最悪の場合、洗脳か」
「ダメな時はレイを使うまでだ」
「レイを初号機に? あまりに危険すぎないか」
冬月は、ゲンドウの強行姿勢に対して、少しだけ懸念の色を見せる。
「いかなる手段を用いても、我々はあと8体の使徒を倒さねばならん」
ゲンドウは、先にある目標に到達するためには犠牲を問わない覚悟を見せる。
「全てはそれからか……」
冬月は、まだ始まったばかりのシナリオに思いを馳せる。