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『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q / EVANGELION: 3.0 YOU CAN (NOT) REDO.』のストーリーとセリフ書き起こし

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』タイトル
©カラー/khara

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 青白い光。真っ白なシーツ。何もない病室。足下から天井まで、壁一面にガラスがはめ込まれた窓からは、光が溢れていた。その空間は、一人が寝るためにしては、やけに広いかった。

「はっ……」

 シンジはそこで目覚めた。ベッドの足下には、綾波レイが立っていた。レイの着ているプラグスーツには〝09〟というナンバーが書かれていた。

「やっぱり助けてたじゃないか……ミサトさんの嘘つき」

「こっちへ」

 レイは、シンジが目を覚ましたことを確認すると、無表情のまま次の行動を促す。

 

 大きな音を立てて、鉄の塊で出来た箱は、地中深くに掘られた空洞の中を進んで行く。下りのケーブルカー。いつの日か、シンジがNERVネルフ本部で見た光景。

「あ、あの……」

 シンジは、進行方向を無言で見つめるレイの横顔を伺った。しかし、微動だにしないレイの姿に、なかなか話を切り出すことができない。そうこうしているうちに、トンネルを抜けた車両の窓に光が差し込む。

「ジオフロントなのに、空が見えてる……」

 シンジたちの目の前に広がったのは、階段状に刻まれた固い地質の黒い谷間と、その先に広がる青い空だった。シンジたちを乗せた車両は、車輪を軋ませながら急勾配を下って行く。車両の通っているレールの下は何もなく、谷間の底までかなりの距離があった。谷底には、かつてNERVネルフ本部だった建物が無惨な姿で残されていた。シンジの目線の先には、いくつものクレーターと、血の色に染まる不気味な池が横たわっていた。

「あれが、ネルフ本部……? 何があったんだ……」

 ケーブルカーを降りると、今度は長いエスカレーターが待っている。レイと少し距離を取った位置に立って、地下深くへと降りて行くシンジ。これもどこかで見た光景。NERVネルフ本部の中は、戦争跡地のように崩壊し、長い時間放置された廃墟のように朽ち果て、赤く染まっていた。

「ホントに14年も経ってるんだ……」

 シンジは、かすかに残るNERVネルフの面影を重ねながら、荒廃しきった建物を眺めていた。その時、遠くの方からかすかに聞こえるピアノの音に気づいて、橋の下に広がる空間に目をやる。

「……ん?」

 シンジが見下ろした先は、不思議な広場になっていた。その中心に置かれたピアノと一本の木。ピアノの音を奏でていたのは、改2号機の地球帰還を見届けていた銀髪の少年だった。彼は、優雅な手つきで鍵盤を鳴らして、そのメロディーが一連の流れを終えた所で、意味有りげな視線をシンジに向けた。シンジは、彼の演奏に無意識のうちに見入っていた。しかし、突然向けられた視線に驚いて身を引くと、その場を立ち去った。

 

「ここ」

 レイに連れられて暗闇の空間に入り込んだシンジは、意外なものを見ることになった。暗闇に明かりが灯ると、シンジの前に〝13〟と書かれた巨大な建造物が姿を現した。

「何だ……? エヴァ?」とシンジは言った。

「そうだ」

 不意に聞き覚えのある声がする。かつてシンジをエヴァに乗せた張本人であり、父親の碇ゲンドウの姿がそこにあった。

「父さん……」

 シンジは驚きと共に、複雑な心境を表情に出して言った。

「エヴァンゲリオン第13号機。お前とそのパイロットの機体だ」

 ゲンドウがそう言うと、さっき広場でピアノを奏でていた銀髪の少年が姿を現した。

「さっきの、ピアノの……」とシンジが振り返って言った。

「時が来たらその少年とこのエヴァに乗れ。話は終わりだ」

 ゲンドウは、そう言い残してシンジの前から姿を消した。呆気にとられたシンジは、父を呼び止めようとして必死に叫び声を上げた。

「ちょっと待ってよ父さん! まだ聞きたい事とか、話したいことがいっぱいあるんだ! 父さーん!」

 しかし、その声は虚しい残響を残しただけで、巨大な空間のどこかへ吸い込まれていった。シンジは、無力に肩を落として俯くことしかできなかった。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 シンジは、ベッドと背もたれのない丸いパイプ椅子が置かれただけの簡素な部屋に戻った。部屋の壁には、受話器だけの無機質な電話が取り付けられていた。

「ダイヤルもないし、こっちからはどこにもかけられないのか……」

 食べ物は、人口的に生成されたペースト状の栄養食が提供された。

「はあ……」

 シンジは味気ない食事にため息をついた。

「やっぱり、お礼言っておかなきゃ」

 ベッドに仰向けになっていたシンジは、S-DATのことに想いを巡らせていた。

「綾波ー! どこだよ、綾波ー!」

 部屋の外に出たシンジは、宛てもなく施設の中を彷徨った。今はとにかく、レイにお礼を言うことくらいしか思いつかなかった。朽ち果てたNERVネルフに人の気配は無かった。役目を終えた施設の中は、崩壊している箇所が目立っていた。稼働を続けている機能も一部残ってはいるが、果たしてそれが活用されているとは思えなかった。シンジは、広大な施設を歩き回った先に、巨大な支柱が地下深くまで続いている広大な空間に行き着いた。

「何だろここ……」

 シンジは、その空間にぽつんと立っている仮設住居のようなものを見つけた。その仮設住居は、かつて軍事施設だったNERVネルフの空間と比べると、まるでマッチ箱のように小さく見えた。小さな住居には淡い光が灯り、薄い壁に人影を映し出していた。シンジはそれを見つけると、嬉しそうに人影の方に向かって走り出した。

「綾波? やっと見つけた!」

 仮設住居には扉がなかった。正確には、〝その空間〟は更衣室のような作りをしていた。それは、周りをぐるりと一周カーテンで取り囲んでいるだけで、扉はおろか、天井すらないものだった。

「綾波! ずいぶん探したよ……」

 シンジはカーテンの隙間から部屋に入ろうとした。しかし、部屋の奥に立っていたのは裸のレイだった。

「おっ、ああっ! ちょ……服、なっ、何か服着てよ!」

 シンジは、とっさに後ろを向いて恥ずかしさをごまかそうとする。

「命令、ならそうする」

 レイは冷静な口調でそう答えた。

「は、入るよ……」

 シンジは、レイが服を着る音を確認してから部屋へ入ろうとした。しかし、靴を履いたままの足を上げた時、足下に寝袋が敷いてあることに気づいて、その脚を引っ込めた。

「あの……綾波、これ、ありがとう。……ずっとお礼言いたかったんだ」

 シンジは、ポケットにしまってあったS-DATを差し出してレイに見せた。しかし、レイは無表情のまま、無言でシンジの前に立っているだけだった。

「プラグスーツ、新しくなったんだ。似合うけど、黒だとちょっと……」とシンジは言った。

 レイは黒いプラグスーツを着てそこに立っていた。シンジの言葉には答えずに、ただそこに立っているだけだった。

「何だか、ずいぶん変わっちゃったんだね。ネルフ本部……」

 シンジは、少し気まずそうな表情になりながらも、なんとか話題を変えて話続けた。

「なんでミサトさんは使徒じゃなくてネルフと戦ってるんだ……」

 シンジはレイの表情を伺った。しかし、レイは無表情でシンジを見てるだけだった。

「父さんはここで何する気なんだ」

 レイのいる部屋には、寝袋とランタン、そして何かの医療用の器具と薬が置いてあるだけで、他には何も無かった。

「みんなどうしちゃったんだろう……ねえ綾波は何か知らないの?」とシンジは聞いた。

「……知らない」とレイは言った。

「そっか……うん。そうかもな」

 シンジは少し肩を落としながら、なんとか自分を納得させようとした。

「ねえ、綾波はいつ初号機から戻ったの?」とシンジは言った。

 レイは答えなかった。シンジは天井のない部屋を見上げて話を続けた。

「ここは部屋にもなってないよ……。綾波らしいと言えばそうだけど、学校とかなさそうだし、いつもどうしてるの?」

「命令を、待ってる」とレイは言った。

「……ここ、本もないんだ。本とか読んでないの?」とシンジは訪ねた。

「本……『綾波レイ』なら、そうするの?」とレイは無表情のまま聞き返した。

「うん……よく読んでたじゃないか。部屋にもあったし」

 レイは、そう言ったシンジのことを無表情のまま見つめながら、乾いた声で答えた。

「そう……」

「そうだ、本、ここの図書室で探して持ってくるよ! あの、英語の本がいいかな。いつも持ってて、好きみたいだし」

 シンジは、なんとかレイの言葉を引き出そうとして話続けた。

「好き?」とレイは言った。

「うん……だと思うけど……」と言って、シンジは少し不安になった。

「好きって、なに……?」

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「ゼーレはまだ、沈黙を守ったままか」と冬月は言った。

 巨大な洞穴に七体のモノリスが、鈍く赤黒い光を放って宙に浮かんでいる。SEELEゼーレのモノリスを前にして、ゲンドウと冬月がそこに立っていた。

「人類補完計画は死海文書通りに遂行される。もはや我々と語る必要はない」とゲンドウは言った。

「碇、今度は第13号機を使うつもりか?」

 冬月の問いに対して、ゲンドウは何も答えなかった。その成り行きは、すでに自明であるかのように思われた。

「まあいい。俺はお前の計画についていくだけだ。ユイ君のためにもな」

 冬月もまた、ゲンドウの無言をすでに自明のものとして受け止めた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「ダメだ。動かないや……」

 シンジは、部屋に戻ってS-DATのリモコンを操作していた。しかし、S-DATは何度スイッチを押しても反応しなかった。シンジは、S-DATから伸びたイヤホンを耳にしたまま、ベッドに倒れ込んだ。シンジはベッドに横になったまま天井の照明を見上げた。今日一日があまりにも早く過ぎ去ったように感じた。そして、それはあまりにも唐突で意味不明に思われた。ふと、シンジの脳裏に今日起こった出来事が蘇る。

「――何もしないで」とミサトが言う。

「――あんたには関係ない」とアスカが見下ろす。

「――エヴァにだけは乗らんでくださいよ」とサクラが叫ぶ。

「――エヴァに乗れ」とゲンドウが言う。

「――知らない」とレイが言う。

 シンジは、大きなため息をつくと、頭を抱えて小さくうずくまった。

 

 広大なNERVネルフの一角に、崩れた本の山が出来上がっている場所がある。かつて図書館だった場所だ。シンジは、その場所から汚れた本を拾い集めて、レイのいる仮設住居へと運んだ。

 

 外に出ると、青空に雲が流れて行く光景が見えた。床の隙間から咲いた黄色い花が、風に吹かれて揺れていた。シンジは、大きな壁の下で膝を抱えて座っていた。

「降りてきなよ碇君。話そうよ」

 不意に、ピアノが置いてあった広場の方から銀髪の少年の声が聞こえた。シンジは、呼ばれるままに公園に降りると、何も言わずにピアノの前へ座らされることになった。

「……あ、あの……話しをするんじゃないの?」とシンジは言った。

「ピアノの連弾も音階の会話さ。やってみなよ」

 銀髪の少年は落ち着いた声で、さあ、というように手を差し出した。

「いいよ。僕には無理だよ」とシンジは言った。

「生きていくためには、新しいことを始める変化も大切だ」

 そう言って、銀髪の少年はシンジの肩越しに鍵盤の上に手を置くと、慣れた手つきで音を鳴らし始めた。

「簡単さ。君はこっちで鍵盤を叩くだけでいいんだ」

 銀髪の少年は、シンジの右手を鍵盤の前に導いてみせる。シンジは、少し恥ずかしそうな表情で一瞬躊躇した後に、何度か人差し指で鍵盤を叩いた。すると、銀髪の少年はシンジを少し奥へ押し込むようにして隣へ腰掛け、軽やかなメロディーを奏でてみせた。

「さ、弾いてみなよ」

 シンジは、次はきみの番だと言われたような気がして、渋々承諾する。そして、おぼつかない手つきでいくつかの音を出してみせる。こんな感じかな、というように銀髪の少年の方を見ると、彼は満足気な顔をして素早いメロディーを奏で始めた。シンジは、突然の出来事にたじろぎながらも、彼の鳴らす音階に集中して、なんとか付いて行こうとする。二人の奏でる音が、徐々にシンクロ率を高めて行く。時折体が触れ合って、シンジは銀髪の少年の存在を意識した。

「いいね、いいよ、君との音」と銀髪の少年は微笑んだ。

 シンジの弾く鍵盤は、少しずつ自信を持ち始めていた。二人の演奏が一つになって、公園に光が差し込んで行く。

「音が楽しい。二人って凄いね」

 銀髪の少年の言葉を聞いて、シンジは久しく感じていなかった感覚を思い出していた。それは、孤独の中では味わうことのできないものだった。いつの間にか、シンジの表情は明るくなっていた。

 

「ありがとう。なんだか久しぶりに楽しかったよ」とシンジは言った。

 辺りは日が沈み始めて薄暗くなっていた。公園の上に掛かっているブリッジに夕日が差し込んでいる。二人は、そこに立って別れの挨拶を交わそうとしていた。

「僕もさ。またやろう。いつでも来てよ。碇シンジ君」と銀髪の少年が答えた。

「うん。あの、君は……」とシンジが言った。

「僕はカヲル。渚カヲル。きみと同じ、運命を仕組まれた子供さ」とカヲルは言った。

 

「またいない。本もそのままか……」

 レイの部屋の前に置いた本は手つかずのままだった。シンジは、新しく持ってきた本を置いてその場を立ち去った。

 

「おはよう。碇シンジ君。今日は早いね」

 公園に腰を下ろしているシンジを見てカヲルは言った。

「他にすることがないから……」

 シンジはカヲルの声を聞いて顔を上げた。そして、二人はピアノの前に腰を下ろして練習を始める。カヲルの奏でる旋律に、シンジの指がしっかりと付いて行く。青空の下、二頭の馬が風を切って五線譜の草原を駆けて行くようなデュエット。シンジはつぶやく。

「どうしたらもっとうまく弾けるのかな」

「うまく弾く必要はないよ。ただ気持ちのいい音を出せばいい」とカヲルは言った。

「じゃあ、もっといい音を出したいんだけど、どうすればいい?」

「反復練習さ。同じことを何度も繰り返す。自分がいいなって感じられるまでね。それしかない」

 カヲルは優しく穏やかな声で答える。

 シンジは、部屋でピアノをイメージしながら練習している時に、ふとS-DATを見て思いつく。

「いいよ。まかせて。動くようにすればいいんだね」

 カヲルは、S-DATを受け取るとそれを快く引き受けた。

「うん、ありがとう。何だか悪いかな。こんなことまで頼んじゃって」とシンジは言った。

「気にすることはないよ。友達だからね」

 その言葉を聞いて、シンジの表情は明るくなった。ふと空を見上げる。高い位置に夕日に照らされて雲が流れていた。

「暗くなってきたね。今日はこれで戻ろう」とカヲルは言った。シンジはカヲルの方を向いて、もう一度空を見上げる。

「ねえ、もう少しここにいない? このまま星を見ようよ」

「星を?」

 

「星が好きなのかい?」とカヲルは言った。

「うん……この宇宙の大きさを感じていると、小さい時から何だか凄く安らぐっていうか……14年くらいじゃ何も変わらないのがうれしいって言うか……自分の事なんてどうでもいい気がして、落ち着くっていうか……うまく言えないよ」

 二人は公園に寝そべって夜空を眺めていた。暗闇の中に浮かぶ星は、キラキラと光る砂粒のようだった。

「君の気持は伝わるよ。変化を求めず、虚無と無慈悲な深淵の世界を好む、君らしいよ。いいね。二人で横たわるって。こんなに心地良いとは知らなかったよ。ありがとう。誘ってくれて」

「いや、そんな別に……渚君と星を見たら、楽しいかなって、ちょっと思っただけ……」

「楽しいよ」

 いつの間にか、カヲルは体を起こしてシンジの方を向いていた。優しい眼差しで全てを包み込むように、その表情は穏やかだった。

「僕は君と逢うために生まれてきたんだね」とカヲルは言った。

 

 朝食のトレーが部屋の壁に回収される。それに替わって制服のワイシャツが支給される。

「ん……」

 歯を磨いていたシンジは、それに気づいて振り向いた。

「今度のはちょっと大きいかな……あれ?」

 ワイシャツに袖を通しながら、シンジは裏に何かが縫い付けてあることに気づいた。

「……!」

 シンジはそれを見て驚愕した、シャツの裏に縫い付けてあったのは、『鈴原トウジ』の名札だった。

 

「はい。これで動くようになったよ」

 いつものようにピアノの前で、カヲルは修理したS-DATをシンジに手渡した。

「ありがとう。凄いね渚君。なんでも出来ちゃうんだ」とシンジは言った。

「こんなのは知識に過ぎない。君より少しこの世界に留まっているからだよ」

「でも……凄いよ」

 シンジは受け取ったS-DATを見つめていた目をそっと閉じて言った。その様子はどこか物悲しさを漂わせていた。

「元気少ないね。どうしたんだい?」とカヲルが聞いた。

「心配になったんだ。友達が……」

「友達?」

「うん。ネルフ本部の上に街があって、みんなそこにいたんだ。トウジやケンスケ。委員長やクラスのみんなも。僕は14年間も、初号機の中で眠ってたみたいなんだ。その間に、何もかも変わっちゃったんだよ」

 シンジは、遠くに広がる景色の方を向いて言った。

「その変化に耐え切れず、つらいんだね」

「何だか怖いんだ。町が……みんながどうなっちゃってるのか……訳わからなくて怖いんだ。そう、怖いんだよ!」

 シンジは無意識に感じていた感覚の正体を掴んで声を強めた。それを聞いたカヲルは、ゆっくりと立ち上がりシンジを見つめる。

「知りたいかい?」

 カヲルの言葉に対して、シンジは意を決した表情でうなずいた。

 

「うわっ!」

 断崖絶壁の階段は、一歩踏み間違えれば命の保証はないほどの高さにあった。下から吹き上げる強風と濃い霧が、足下の悪さに追い打ちを掛ける。シンジは壁伝いの鎖にしがみついて下りようとするが、思うように前へ進めない。辺りは有害な空気が充満しているため、シンジは防護服に体を包んでいる。いつもよりかさばる恰好が、更に歩き辛さを増していた。一方、カヲルはいつも通りの制服姿のまま、まるで恐怖感のない様子で階段を降りて行った。カオルの姿は、みるみるうちにシンジとの距離は開いていき、霧でかすれて薄く、小さくなっていった。

「渚君! 渚君!」

 シンジは不安になってカヲルの名前を叫んだ。突然吹き上げた強風に煽られて、目をつむってうずくまる。風が収まって顔を上げると、目の前に手を差し伸べるカヲルの姿があった。

「さあ、もう少しだ」と言って、カヲルはシンジの手を引いた。

 しばらくの間階段を下りた所で、カヲルは立ち止まって眼下に広がる景色を見つめていた。シンジは階段に座り込んで息を切らしていた。

「もうすぐ雲が切れる。君の見たい真実が見えるよ」

 カヲルは不気味なほど冷静に、これからシンジが目の当たりにすることの予告を唱えた。間もなく、カヲルが言った通り厚い雲に覆われた空がゆっくりと幕を開けた。

「……何だこれ……」

 シンジは想像を絶する光景を目の前にして息を飲んだ。赤く染まった大地。そこから伸びた巨大な十字架。その十字架は雲を突き抜けるほど高い。雲の絨毯の遥か彼方には、血で染まった星が浮かんでいる。その星は視界の半分を覆うほどに近かった。

「君が初号機と同化している間に起こったサードインパクトの結果だよ」とカヲルは言った。

「これじゃあ、街のみんなは」

 シンジの言う街は原形を失っていた。大地は裂け、建物は崩壊し、巨大なエヴァンゲリオンらしき機体の残骸が無数に散らばっていた。そして、全てが赤く染まっていた。

「この星での大量絶滅は珍しいことじゃない。むしろ進化を促す面もある」

 その光景を前にして、カヲルは淡々と話し始めた。

「生命とは本来、世界に合わせて自らを変えていく存在だからね。しかし、リリンは自らではなく、世界の方を変えていく。だから、自らを人工的に進化させるための儀式を起こした。古の生命体を贄とし、生命の実を与えた新たな生命体を作り出すためにね。全てが太古よりプログラムされていた絶滅行動だ。ネルフでは人類補完計画と呼んでいたよ」

「ネルフが、これを……父さんは何をやっているんだ」

 シンジは引きつった顔で声を振るわせた。

「碇シンジ君。一度覚醒し、ガフの扉を開いたエヴァ初号機は、サードインパクトのトリガーとなってしまった。リリンの言うニアサードインパクト。全てのきっかけは君なんだよ」

 カヲルの口から発せられた言葉がシンジを襲う。少なくとも、シンジはその事実を受け入れたくはなかった。

「……違う……僕はただ、綾波を助けたかっただけだ……」

「そうだね。しかしそれが原因で……」

「そんな……僕は知らないよ! そんなこと急に言われたってどうしようもないよ!」

 シンジは感情を声に乗せて抵抗する。身に覚えのない出来事を認めたくはなかった。

「そう。どうしようもない君の過去。君が知りたかった真実だ。結果として、リリンは君に罪の代償を与えた。それが、その首のものじゃないのかい?」

「罪だなんて……何もしてないよ! 僕は関係ないよ!」

 シンジは頭を抱えて苦悩する。罪を認めてしまったのなら、その重みに耐えられそうにはなかった。

「君になくても他人からはあるのさ。ただ、償えない罪はない。希望は残っているよ。どんな時にもね」

 カヲルは冷静な語り口のまま、遠くの景色を見つめていた。


 EVANGELION

 :3.33

 You can (not) redo.


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