※ここから『Air / まごころを、君に』の冒頭につながります。結末まで読みたい方は、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air / まごころを、君に - The End of Evangelion』へ移動してください。
むせかえるような夏の暑さ。蝉の鳴き声で満たされた青空。羽の生えた巨人の眠る湖は、透き通るような青をそのまま映す鏡になっていた。そこに、一人の少年が汗を流して佇んでいた。
第一脳神経外科。
『避難塔の第二、第三区画は本日18時より閉鎖されます。引継ぎ作業は全て本日16時30分までに終了してください』
惣流・アスカ・ラングレーの病室。心電図は一定のリズムで電子音を刻む。病室のベッドの上で横になっているアスカの身体は、呼吸に合わせて静かに肩を動かすだけだった。
「ミサトさんも、綾波も怖いんだ。助けて……助けてよアスカ」
病室を訪れたシンジは、ベッドの傍らに立って目を覚まそうとしないアスカをじっと見ていた。
「ねえ……起きてよ。ねえ……目を覚ましてよ」
いつまでも返事をしないアスカの肩を揺さぶって起こそうとするシンジ。
「ねえ、ねえ……アスカ……アスカ、アスカ!」
ベッドが動くほど強く揺すっても起きないアスカに、シンジは泣き付く。
「助けて……助けてよ……助けてよ…………助けてよ……助けてよ」
シンジはアスカの肩にすがるようにして泣き続ける。
「またいつものように、僕をバカにしてよ。……ねえ!」
勢い良く肩を引き寄せた反動で、横を向いていたアスカの体が仰向けになる。体に貼られたセンサーの一部が剥がれ落ち、服がはだけてアスカの胸があらわになった。シンジは、自分がやってしまったことに気づいて言葉を失う。心電図は一定のリズムで電子音を刻み続けていた。アスカの姿に興奮するシンジの声が病室に響く。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ…………うっ」
シンジは自分の手に付いた自分の体液を見て、衝動的な行為を後悔する。
「最低だ……俺って」
灯りを落とした薄暗い第2発令所の中でオペレーターのマヤ、マコト、シゲルの三人は、今後のNERVについて思案していた。
「本部施設の出入りは、全面禁止?」
マヤは二人に向かい合う形で椅子に座り、ビスケットをつまみながら声を上げる。
「第一種警戒体制のままか」
マコトは前かがみになってコーヒーを両手で持ちながら緊張の面持ちを見せる。
「なぜ……最期の使徒だったんでしょ。あの少年が」とマヤが言った。
「ああ。全ての使徒は、消えたはずだ」
シゲルは椅子に座る二人の前に立ってコーヒーを飲んでいる。
「今や平和になったってことじゃないのか」とマコトが言った。
マヤは心配そうな顔で二人に聞く。
「じゃあここは? エヴァはどうなるの? 先輩も今いないのに」
「ネルフは、組織解体されると思う。俺たちがどうなるかは、検討もつかないな」
そう言って、シゲルはカウントダウンを進めるモニターの方に目を向ける。
マコトはそれを見て「補完計画の発動まで、自分たちで粘るしかないか」と言った。
エヴァと使徒の戦いによって作られた真新しい湖が見える丘の上。日が暮れて街灯が光を灯し始める時間。ミサトは空き地に車を止め、今後の成り行きについて考えていた。
「出来損ないの群体としてすでに行き詰った人類を、完全な単体としての生物へと人口進化させる補完計画……正に理想の世界ね。そのために、まだ委員会は使うつもりなんだわ。アダムやネルフではなく、あのエヴァを」
ミサトは姿勢を起こすと窓の外に目を向ける。
「加持君の予想通りにね」
ゼーレの会合にて、キールが第一声を発する。
「約束の時がきた。ロンギヌスの槍を失った今、リリスによる補完はできん。唯一、リリスの分身たるエヴァ初号機による遂行を願うぞ」
ゲンドウはいつものように机の前で手を組みながらモノリスを見据えている。モノリスたちは、後ろ手を組んでゲンドウの横に立っている冬月とゲンドウを見下ろすようにして、暗闇に浮かび上がっている。
「ゼーレのシナリオとは違いますよ」
キールの要望にまずゲンドウが答えた。
「人は、エヴァを生み出すためにその存在があったのです」と冬月は言った。
「人は新たな世界へと進むべきなのです。そのためのエヴァシリーズです」とゲンドウが続ける。
その言葉を受けてモノリス[09]が発言する。
「我らは人の形を捨ててまで、エヴァという名の箱舟に乗ることはない」
モノリス[12]が続けて発言する。
「これは通過儀式なのだ。閉塞した人類が再生するための」
他のモノリスからも意見が上がる。
「滅びの宿命は新生の喜びでもある」
「神も人も、全ての生命が死を以って、やがて一つになるために」
顔の前でじっと手を組んでそれを聞いていたゲンドウが否定する。
「死は何も生みませんよ」
それを受けてキールがゲンドウに宣告する。
「死は、君たちに与えよう」
そう伝えると、無機質なモノリスは姿を消した。暗闇に戻った空間に向かって冬月が言う。
「人は、生きて行こうとするところにその存在がある。それが、自らエヴァに残った彼女の願いだからな」
ベッドの上で目を覚ますレイ。体を起こすと、そこは自分のマンションの部屋だった。涼しげに鳴く虫の歌声が聞こえる。窓から差し込む青白い月明かり。それをゆっくりと雲が覆い隠してゆく。レイは玄関の扉を開けて出て行く。部屋の床には、大切にしていたはずの眼鏡が、粉々に割れて落ちていた。
シンジはイヤホンで耳を塞ぎながら、いつものようにベッドで横になっていた。しかし、プレイヤーの数値はゼロのまま、音は流れていない。外から救急車のサイレンの音が聞こえる。とても静かな夜。
ミサトは、NERVのコンピューターに侵入し、今まで知りえなかった情報を盗み出そうとしていた。すると、ある情報へのアクセスに成功し、ノートパソコンのキーを叩く手を止める。
「そう……これがセカンドインパクトの真意だったのね」
そう言った瞬間、モニターに映し出された文字が、瞬時に「DELETED」で上書きされていく。
「気づかれた!?」
ミサトは急いで銃を構えて立ち上がる。その時、コーヒーの空き缶に手がぶつかり、音を立てて転がる。
「いえ、違うか。始まるわね」
ミサトが気づくと同時に、静けさを取り戻したかに見えたコンピュータールームの電源が落ちる。
『第六ネット音信不通』
第2発令所は、けたたましい警告音に包まれていた。
「左は青の非常通信に切り替えろ。衛星を開いても構わん。そうだ、敵の状況は?」
内線で指揮を執る冬月。
「外部との全ネット、情報回線が一方的に遮断されています」
モニターの状況を説明するオペレーターの声。
「目的はMAGIか」
受話器を置いて冬月がつぶやく。
「全ての外部端末からデータ進入、MAGIへのハッキングを目指しています」
シゲルが冬月へ現状を通達する。
「やはりな。侵入者は松代のMAGI2号か?」
冬月がシゲルに確認を取る。
「いえ、少なくともMAGIタイプ5、ドイツと中国、アメリカからの進入が確認できます」
シゲルは、モニターに向き直して情報を伝える。
「ゼーレは総力をあげているな。兵力差は一対五……分が悪いぞ」
冬月は敵の思惑を推測し、眉をひそめる。
『第四防壁、突破されました』
「主データベース閉鎖、だめです! 進行をカットできません!」
対応を試みるマコトは相手の速さに断念してキーを打つ手を止める。
「更に外殻部侵入! 予備回路も阻止不能です」
モニターに映る状況と格闘しながらマヤが報告する。
「まずいな、MAGIの占拠は本部のそれと同義だからな」
そう思いながら、次の一手をどう打つのか、ゲンドウの方に目を向ける冬月。
リツコは、暗い隔離室のベッドに腰を下ろしてうなだれていた。そこに訪問者が現れ、自動ドアが開く。
「分かってる。MAGIの自律防御でしょ」
「はい。詳しくは第2発令所の伊吹二尉からどうぞ」
用件を受けたスタッフは姿勢を正してリツコに伝える。
「必要となったら捨てた女でも利用する。エゴイストな人ね」
そう言ってリツコは気だるそうに立ち上がる。
「状況は?」
NERVの廊下を歩きながら髪留めをほどいたミサトは、携帯電話を手にしてマコトと連絡を取り合う。
「おはようございます。先ほど、第2東京からAー801が出ました」
「801?」
怪訝な表情の声を上げたミサトにマコトが説明する。
「特務機関ネルフの特例による法的保護の破棄、及び指揮権の日本国政府への委譲。最後通告ですよ。ええそうです。現在MAGIがハッキングを受けています。かなり押されています」
そう言い終わると、マコトは自分の持っていた受話器をマヤの方へ向ける。
「伊吹です。今、赤木博士がプロテクトの作業に入りました」
マコトの受話器に向かって顔を近づけて話すマヤ。その背後からリフトエレベーターが到着する音が聞こえて、マヤとマコトが振り返る。すると、そこには携帯電話を耳に当てたまま、驚きの顔をしたミサトが立っていた。
「リツコが?」
リツコは、スーパーコンピューターMAGIの本体内部に入り込んで作業をしていた。
「私、馬鹿なことしてる? ロジックじゃないものね、男と女は」
ノートパソコンのキーを叩く手を止めると、眼鏡を上げて〝CASPER〟と書かれたMAGIのコアを手で撫でる。
「そうでしょ。母さん……」
『強羅地上回線、復旧率0.2パーセントに上昇』
『第3ケーブル、箱根の予備回線依然不通』
第2発令所に届くオペレーターのアナウンス。
「あと、どれくらい?」
マコトの操るコンソールの端に腰を下ろして状況を眺めていたミサトは、コーヒーを飲みながらマコトの方を向く。
「間に合いそうです。さすが赤木博士です。120ページまであと1分、一次防壁展開まで2分半程で終了しそうです」
「MAGIへの侵入だけ? そんな生易しい連中じゃないわ。多分ね……」
マコトの説明を上の空に聞いて、自分の思考を巡らせるミサト。
「MAGIは前哨戦に過ぎん。奴らの目的は本部施設および残るエヴァ2体の直接占拠だな」
冬月はゲンドウに敵の本当の狙いを耳打ちする。
「ああ。リリス、そしてアダムさえ我らにある」
ゲンドウは落ち着いて事の成り行きを見守る。
「老人たちが焦るわけだ」
冬月は姿勢を戻し主モニターに目を向ける。
CASPERまで進行していたMAGIへの侵入が改善され、復旧の兆しがモニターに映し出される。
「MAGIへのハッキングが停止しました。Bダナン型防壁を展開。以後、62時間は外部侵攻不能です」
マヤは現状を報告する。
その頃、作業を終えたリツコは、人一人がやっと通れるほどの隙間を這って、MAGI本体の中から出て来た。リツコは愛おしそうな目でMAGI内部を見つめると、「母さん、また後でね」とつぶやいた。
NERVの防衛を確認したSEELEは次の策に出る。
「碇はMAGIに対し、第666プロテクトをかけた。この突破は容易ではない」
「MAGIの接収は中止せざるを得ないな」
その声に対し、キールが次の計画を宣言する。
「出来得るだけ穏便に進めたかったのだが、いたしかたあるまい。本部施設の直接占拠を行う」
箱根の山道。蝉の鳴き声が響く茂みの中にうごめく人影。
「始めよう。予定通りだ」
茂みの中に潜んでいた人影が次々と立ち上がる。空には戦闘機、陸路からは戦車。瞬時にNERV本部を包囲する戦略自衛隊。各機体が戦闘配置に付くと、直ぐに攻撃を開始する。次々と被弾するNERV本部。
『第8から第17までのレーザーサイト沈黙』
「特火大隊、強羅防衛線より侵攻してきます」
「御殿場方面からも二個大隊が接近中」
次々に映像が途絶えるモニターを見てオペレーターが状況を報告する。
「やはり最後の敵は同じ人間だったな」
冬月がモニターを見つめながら、司令席に座るゲンドウの肩越しに言う。
「総員、第一種戦闘配置」
ゲンドウがオペレーターに指示を出す。
「戦闘配置? 相手は使徒じゃないのに。同じ人間なのに」
マヤがゲンドウの指示を聞いてわだかまりを覚える。
マコトは、そんなマヤを見てなだめようとする。
「向こうはそう思っちゃくれないさ」
兵装ビルが大量のミサイルを発射する。NERV周辺は瞬く間に戦場と化し、戦略自衛隊の攻撃によって爆発が多発する。
NERV本部への出入り口ゲート前では、見張りの戦闘員が不安な面持ちで銃を構える。すると、忍び込んだ戦略自衛隊によって背後からナイフで奇襲され、血を流して動かなくなる。そして、ゲートのシャッターが開くと大量の戦自隊隊員が侵入を待ち構えていた。
「おい、どうした! おい!」
異常を知らせるブザーが鳴り響き、ゲート前にいた戦闘員に確認を取ろうとするが、連絡が取れずに慌てる他のNERV戦闘員。
「なんだ?」
それを見て集まってくる戦闘員たち。
「南のハブ・ステーションです!」
すると、近くに駐車してあった装甲車が突然爆発を起こし、辺り一面を炎で埋め尽くす。
NERV本部内で次々と血が流される。第2発令所の空気が張り詰めてゆく。
『台ヶ丘トンネル使用不能』
『西5番搬入路にて火災発生』
『侵入部隊は第一層に突入しました』
『南ハブステーションは閉鎖』
「西館の部隊は陽動よ! 本命がエヴァの占拠ならパイロットを狙うわ! 至急シンジ君を初号機に待避させて!」
ミサトは敵の目的を予測してマコトに指示を出す。
「はい!」
「アスカは?」
続いて、ミサトはアスカの所在を確認する。
「303号病室です」とシゲルが答える。
「構わないから弐号機に乗せて!」
ミサトは迷わず指示を続ける。
「しかし、未だエヴァとのシンクロは回復していませんが」
それを聞いてマヤが意見する。
「そこだと確実に消されるわ。かくまうにはエヴァの中が最適なのよ」
人命を最優先させようとするミサトは口調を強める。
「了解! パイロットの投薬を中断。発進準備」
マヤはそれに従い指示を回す。
「アスカ収容後、エヴァ弐号機は地底湖に隠して。すぐに見つかるけどケイジよりましだわ。レイは?」
すぐさまマコトに指示を出したミサトは、シゲルに向かってレイの所在を確認する。
「所在不明です。位置を確認できません」
「殺されるわよ。捕捉急いで!」
もはや時間の猶予がない状況に、ミサトは危機感を募らせる。
その時、所在不明のレイは地下施設にあるL.C.L.の水槽に浮かんでいた。裸のまま目をつむって、何かを吸収するように全身を解放していた。
発射の準備が整った弐号機はすぐさま射出される。
「弐号機射出。8番ルートから推進70に固定されます」とマコトが報告する。
「続いて初号機発進! ジオフロント内に配置して」
マコトの後ろから身を乗り出してミサトが指示を続ける。
「だめです! パイロットがまだ!」とシゲルが報告する。
「え?」
その報告を受けてミサトがモニターを確認すると、そこには階段の下で膝を抱えてしゃがみ込んでいるシンジの映像が映し出されていた。
「なんて事!」
『セントラルドグマ第2層までの全隔壁を閉鎖します。非戦闘員は第87経路にて待避してください』
その間に、次々と通路やパイプラインのシャッターが閉まっていく。その途中で爆発が起こる。
「地下、第3隔壁破壊。第2層に侵入されました」
シゲルの報告を聞いて冬月が事態を危惧する。
「戦自、約一個師団の投入か。占拠は時間の問題だな」
それを聞くと、静観を保っていたゲンドウが立ち上がる。
「冬月先生、後を頼みます」
「分かっている、ユイ君によろしくな」
冬月は落ち着いた様子でゲンドウを見送る。
物量と火力でNERV戦闘員を圧倒していく戦略自衛隊。本部の施設内が炎に包まれていく。
『第2グループ応答なし』
『72番電算室連絡不能』
「52番のリニアレール、爆破されました」
次々に起こる障害に、なんとか追いつこうとするシゲル。
「タチ悪いなぁ、使徒のがよっぽどいいよ」
マコトはモニターを見ながら苛立ちを隠せない。
「無理もないわ、みんな人を殺すことに慣れていないものね」
拡大し続ける被害状況を見ながら、ミサトは腕を組んで考える。
同僚の遺体を泣きながら引きずる女性職員。そこに戦自隊員が現れ、無防備な非戦闘員に容赦なく銃弾を浴びせる。通路には無数のNERV職員の遺体が転がる。戦自隊員は通路にある配電版を開け、銃で破壊していく。悲鳴が上がる部屋へ火炎放射を実行する戦自隊員。NERV本部内は修羅場と化し、戦自隊員は破壊行為を続けながら内部へと侵攻して行く。
「第3層Bブロックに侵入者! 防御できません!」
オペレーターからの報告が飛び交う。
「Fブロック側です。メインバイパスを挟撃されました!」
シゲルがミサトに状況を報告する。
「第3層まで破棄します。戦闘員は下がって。803区間までの全通路とパイプにベークライトを注入!」
拳を握り締めたミサトは、最期まで諦めずに抵抗を試みる。
「はい!」
シゲルがミサトの指示を迅速に捌いていく。
ベークライトがその赤い液体で空間を塞いでいく。階段に横たわった血まみれのNERV職員の遺体を飲み込む。
『第703管区、ベークライト注入を開始。完了まで後30。第730管区、ベークライト注入を開始。完了まで後20』
「これで少しは持つでしょう」
一旦仕切り直しを図りたいミサトだったが、マコトの報告がそれをさせない。
「葛城三佐! ルート47が寸断されグループ3が足止めを食ってます。このままではシンジ君が!」
シンジは、階段の下で一人膝を抱えて座っていた。
「非戦闘スタッフの白兵戦闘は極力避けて」
ミサトは銃を手にしてマガジンの残弾を確認すると、次の行動に備える。
「向こうはプロよ。ドグマまで後退不可能なら投降した方がいいわ」
そう言ってミサトはマコトの耳元に近づく。
「ごめん、後よろしく」
「はい!」
外部からの攻撃の手も緩めようとしない戦略自衛隊。戦自隊の司令官は、第3新東京市を見下ろす山から望遠鏡で戦況を確認する。
「意外と手間取るな」
「我々に楽な仕事はありませんよ」
マコトは引き出しを開けて拳銃を取り出すと、これから始まる戦いに備える。
「分が悪いよ。本格的な対人要撃システムは用意されてないからな。ここ」
「ま、せいぜいテロ止まりだ」
そう言って、シゲルはサブマシンガンを取り出す。
「戦自が本気を出したらここの施設なんてひとたまりもないさ」
銃を構えながらマコトが言う。
「今考えれば、侵入者要撃の予算縮小って、これを見越してのことだったのかな」
シゲルは隠してある武器を探りながら、思い出したように言う。
「あり得る話だ……」
マコトがそう答えた瞬間、第2発令所内で大きな爆発が起こる。
「うわっ」
マコトがおもわず声を上げる。
爆弾で開けた壁の穴から、盾を持った戦自隊がマシンガンを乱射して突入する。マコトの所にもすぐさま銃弾が飛び込んでくる。恐怖でコンソールの下に隠れるマヤに、シゲルが近づいて拳銃を渡す。
「ロック外して」
「私……私鉄砲なんて撃てません」
マヤは渡された銃を見つめて怖気づく。
「訓練で、何度もやってるだろ!」
シゲルは戦おうとしないマヤを説得しようとする。
「でもその時は人なんていなかったんですよ!」
必死に抵抗するマヤの頭の近くを銃弾が掠める。
「バカ! 撃たなきゃ死ぬぞ!」
シゲルは真剣な目でマヤに檄を飛ばす。
L.C.L.の水槽の中に浮かぶ無数の〝入れ物〟の残骸。レイは、裸ののままその光景を無言で見つめていた。
「レイ」
虚ろな目をしたレイは、背後から聞こえたゲンドウの声を聞いて、ゆっくりと後ろを振り向く。
「やはりここにいたか」
足音を立ててレイに近づいたゲンドウは、彼女の正面に立って言葉を掛ける。
「約束の時だ。さあ、行こう」
「第2層は完全に制圧。送れ」
NERV職員の遺体が散乱する施設廊下で交信する戦自隊員。
『第2発令所とMAGIオリジナルは未だ確保できず。西部下層フロアにて交戦中』
『5thマルボルジェは直ちに熱冷却措置に入れ』
両手を挙げて降伏する非戦闘員をためらいもなく射殺し、確実に息の根を止めに掛かる戦自隊員。
『エヴァパイロットは発見次第射殺。非戦闘員への無条件発砲も許可する』
『ヤナギハラ隊、B小隊、速やかに下層へ突入』
ついに、階段の下で座り込んでいたシンジの所にも銃声が響く。
「サード発見、これより排除する」
シンジは無抵抗のまま三人の戦自隊員に取り囲まれてしまう。
「悪く思うな、坊主」
そのうちの一人が拳銃をシンジの頭に突きつけて引き金を引こうとした瞬間――。
「うぉっ!」
突然吹き飛ばされる戦自隊員。その直後、ミサトが銃を乱射しながら特攻を掛ける。マシンガンで応戦しようとする隊員を蹴り飛ばすと、壁に追い詰め喉元に銃口を突きつける。
「悪く思わないでね」
ミサトの放った銃声を耳にして、シンジは頭を抱えて怯える。血だらけになった戦自隊員は壁に張り付いたまま崩れ落ちる。
「さあ、行くわよ初号機へ」
駐車場に止めた車の陰で、ミサトは戦自隊員から奪った無線機をチューニングする。
『紫の方は確保しました。ベークライトの注入も問題有りません』
『赤い奴はすでに射出された模様。目下移送ルートを調査中』
ミサトは無線から流れてくる音声に耳を澄ませる。
「まずいわね。奴ら初号機とシンジ君の物理的な接触を断とうとしているわ」
『ファーストは未だ発見できず』
「こいつはうかうか出来ないわね。急ぐわよ、シンジ君」
ミサトがシンジの方に振り向くと、シンジは背中を向けてうずくまっていた。
「ここから逃げるのか、エヴァの所に行くのかどっちかにしなさい。このままだと何もせずただ死ぬだけよ!」
ミサトは遠くで小さくなっているシンジに声を上げる。
「助けてアスカ、助けてよ」
シンジはミサトの声に耳を貸そうとしない。
「こんな時だけ女の子にすがって、逃げて、ごまかして、中途半端が一番悪いわよ!」
ミサトは立ち上がって、なんとかシンジを動かそうとする。
「さあ! 立って! 立ちなさいっ!」
シンジの手を引っ張り無理やり立たせようとするミサト。しかし、シンジは力無くうなだれるだけだった。
「もうやだ、死にたい、何もしたくない」
シンジは完全に現実逃避し、下を向いたまま動こうとしない。
「なに甘ったれたこと言ってんのよ! アンタまだ生きてるんでしょ! だったらしっかり生きて、それから死になさい!」
ミサトはシンジの耳元に言葉を掛け続ける。
第2発令所では、未だ銃撃戦が繰り広げられていた。生き残ったNERV職員が物陰に隠れてなんとか応戦している。
「構わん、ここよりもターミナルドグマの分断を優先させろ!」
冬月が緊急用の電話で指示を出す。
「あちこち爆破されているのに、やっぱりここには手を出さないか」
マコトはコンソールに身を隠しながら、果敢に戦っていた。
「一気に片をつけたいところだろうが、下にはMAGIのオリジナルがあるからな」
シゲルはサブマシンガンに新しいマガジンを充填して身構える。
「出来るだけ無傷で手に入れておきたいんだろ」
反撃の隙を狙いながらマコトが言う。
「ただ、対BC兵器装備は少ない。使用されたらやばいよ」
シゲルが肩をすくめる。
「N2兵器もな」
会話をする二人の影で、ただ身を縮めることしかできないマヤ。
その時、第3新東京市の上空に光の玉が放たれる。物凄い速度で落下したそれは、地上に着弾すると凄まじい威力の爆発を起こす。敵はマコトが懸念していた通りN2兵器を使用した。その爆発は、特殊装甲板を溶かすと、ジオフロントの天井を崩壊させるまでに至る。
「ちっ、言わんこっちゃない」
シゲルは激しい揺れに耐えて頭を抱えながら身を守ろうとする。
「奴ら加減ってものを知らないのか!」とマコトが叫ぶ。
「ふっ、無茶をしおる」
冬月は受話器を耳から離して吐き捨てるように言う。
更に追い討ちを掛けるように、ぽっかりと穴の開いたジオフロントに弾道弾の雨が降り注ぐ。
「ねぇ! どうしてそんなにエヴァが欲しいの?」
マヤは絶叫しながら、コンソールの下で激しい揺れに怯える。
ミサトは、シンジを乗せて車で目的地へと向かっていた。
「サードインパクトを起こすつもりなのよ。使徒ではなくエヴァシリーズを使ってね」
「15年前のセカンドインパクトは人間に仕組まれたものだったわ。けどそれは、他の使徒が覚醒する前にアダムを卵にまで還元することによって、被害を最小限に食い止めるためだったの」
ミサトの車は、無数の零号機の残骸の見える通路を突き進んで行く。
「シンジ君……私たち人間はね、アダムと同じ、リリスと呼ばれる生命体の源から生まれた、18番目の使徒なのよ。他の使徒たちは別の可能性だったの。人の形を捨てた人類の……ただ、お互いを拒絶するしかなかった悲しい存在だったけどね。同じ人間同士も」
助手席でうなだれるシンジに、ミサトは声を強めて目的を伝える。
「いい? シンジ君。エヴァシリーズを全て消滅させるのよ。生き残る手段はそれしかないわ」
「電話が通じなくなったな」
長野県 第2新東京市
首相官邸 第3執務室
「はい。3分前に弾道弾の爆発を確認しております」と女性秘書が告げる。
「ネルフが裏で進行させていた人類補完計画。人間全てを消し去るサードインパクトの誘発が目的だったとは。とんでもない話だ」と首相が言う。
「自らを憎むことの出来る生物は、人間ぐらいのものでしょう」と女性秘書は言う。
「さて、残りはネルフ本部施設の後始末か」と首相が言う。
「ドイツか中国に再開発を委託されますか?」と女性秘書が聞く。
「買いたたかれるのがオチだ。20年は封地だな。旧東京と同じくね」と首相が言う。
完全に天井を失ったジオフロントは、激しい爆撃によって沈黙していた。そこに戦自隊員の無線が行き交う。
『表層部の熱は退きました。高圧蒸気も問題ありません』
『全部隊の初期配置完了』
山腹から望遠鏡で戦況を確認する戦自隊司令官に現状の報告が入る。
「現在、ドグマ第3層と紫の奴は制圧下にあります」
「赤い奴は?」
「地底湖の水深70にて発見、専属パイロットの生死は、不明です」
地底湖の湖底に沈んだ弐号機。その中で膝を抱えて眠っていたアスカが目を覚ます。
「生きてる……」
戦自隊は、弐号機の沈む湖に向かって爆雷の投下を開始する。次々と投下される爆雷は水中に沈み、弐号機周辺で爆発する。激しく揺れる機体の中で苦しむアスカ。弐号機の機体に接触し、至近距離で爆発する爆雷。
「死ぬのはイヤ……死ぬのはイヤ……死ぬのはイヤ……死ぬのはイヤ……死ぬのはイヤ……死ぬのはイヤ……」
アスカは頭を抱えて怯える。
『まだ、生きていなさい』
どこからともなく声が聞こえてくる。
「死ぬのはイヤ……死ぬのはイヤ……死ぬのはイヤ……死ぬのはイヤ……」
『まだ、死んではだめよ』
「死ぬのはイヤ……死ぬのはイヤ……死ぬのはイヤ……」
『まだ、死なせないわ』
「死ぬのはイヤ……死ぬのはイヤ……」
『殺さないわ』
「死ぬのはイヤ……」
『生きていなさい』
「死ぬのは、イヤァァァーーー!」
フラッシュバックする記憶の中で、アスカは母の温もりを探し当てる。
「ママ……ここに居たのね」
眩い光に包まれた母の記憶。幼いアスカは光の方へ手を差し伸べる。
「ママ!」
現実のアスカが歓喜の声を上げた瞬間、弐号機が四つの眼を光らせて起動する。十字架状の爆発が地底湖に浮かぶ護衛艦を貫く。
「こっ、これは?」
その光景を見た戦自隊員が驚く。
「やったか?」
湖面から姿を現した弐号機は、うめき声を上げて護衛艦を持ち上げる。すぐさま弐号機に向かって湖岸からミサイルが放たれる。しかし、護衛艦を盾にして攻撃を防ぐ弐号機。
「どぉりゃぁぁぁ!」
アスカが力一杯奏縦貫を操ると、弐号機は護衛艦の巨体を戦自隊の地上部隊に向かって放り投げる。道路ごと押しつぶした護衛艦は、自らの重さに耐えかねて崩れそうになると、そのまま大爆発を起こして地上部隊を壊滅させる。
「ママ……ママ…………解ったわ!」
アスカは晴れやかな表情を見せると、弐号機の機体を空高く舞い上がらせる。
「A・T・フィールドの意味!」
かつての素早い動きを取り戻して、次々と攻撃をかわしていく弐号機。
「私を守ってくれてる! 私を見てくれてる!」
戦自隊の施設を踏み潰し破壊した弐号機は、巨大なミサイルを直撃でくらうが、無傷で立ち上がる。
「ずっと、ずっと、一緒だったのね! ママ!」
ミサトは戦場の跡を踏み越えて車を走らせる。
『エヴァ弐号機起動。アスカは無事です! 生きてます!』
マヤがミサトに連絡を入れる。
「アスカが!」
助手席で膝を抱えてうずくまっていたシンジは、アスカという言葉を耳にして体をぴくりと反応させる。
戦自隊の激しい攻撃を一切受け付けない弐号機に脅威を覚える戦自隊司令員。
「ケーブルだ! 奴の電源ケーブル、そこに集中すればいい!」
銃撃によりアンビリカルケーブルが切断され、活動限界のカウントダウンが始まる。
「ちっ! アンビリカルケーブルが無くったって! こちとらには1万2千枚の特殊装甲と!」
銃弾を正面から受けても歩き続ける弐号機。
「A・T・フィールドがあるんだからぁっ!」
そう言って腕を大きく振るった弐号機の前にA・T・フィールドが展開されると、視界にあった戦自隊の攻撃機が一瞬で消滅する。
「負けてらんないのよ! あんた達にぃ!」
アスカは、戦自隊の攻撃機を鷲掴みにすると、それを振り回して次々と敵機を破壊していく。抵抗を続ける攻撃機を蹴り飛ばし一体残らず破壊する弐号機。
ゼーレのモノリスの面前で、キールは次の手段を行使することを宣言する。
「忌むべき存在のエヴァ、またも我らの妨げとなるか……やはり毒は、同じ毒を以て征すべきだな」
上空に現れた巨大な輸送機の編隊。機体に固定された白いボディーのエヴァ量産機が頭部を固定位置から引き抜くと、〝KAWORU〟と刻印された赤いダミープラグが挿入される。量産機は、プラグの装填が完了すると輸送機から切り離され、武器を手にしながらゆっくりと落下を開始してゆく。その数9体。量産機は、ジオフロント上空で大きな羽を広げると、鶴のような形態になり旋回して地上に近づいて行く。
「エヴァシリーズ……完成していたの?」
アスカは空を見上げて、弐号機の頭上に弧を描くように飛行するエヴァ量産機を目撃する。
――完。
※本作は未完成作品のため、続きは『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air / まごころを、君に』を参照してください。
映像の書き起こし部分に関しては著者の独自の解釈を含みます。よって、厳密に公式の意図を反映したものではない可能性があることをご留意ください。また、作品に登場する直接のセリフ等は全て©カラーに帰属します。