第三中学校の構内。[2-A]と掲げられた教室。日の当たる室内。
渡り廊下で複雑な心境を抱えるトウジの姿。
(すまんな転校生。ワシはお前を殴らないかん。殴っとかな気が済まへんのや)
トウジが自分の拳を開いて眺める。
(僕だって、乗りたくて乗ってる訳じゃないのに)
あの日のシンジの言葉を思い出す。
「ほな行こか」
プロダクションモデル3号機が制御不能に陥る。本体に寄生した使徒の影響で、エントリープラグ排出に失敗。トウジを乗せたまま零号機に襲い掛かる。
「3号機は現時刻をもって破棄。目標を第13使徒と識別する」
事の真相を聞かされないまま、3号機と戦うことになるシンジ。
――乗っているわ。彼。
「使徒……これが使徒ですか?」
自分の目の前に現れた目標の姿を見て動揺するシンジ。
「そうだ。目標だ」
ゲンドウは目標の殲滅を指示する。
戦いをためらう初号機へ一方的な攻撃を仕掛ける3号機。
「シンジ、なぜ戦わない」
首を絞められて苦しむシンジにゲンドウが言う。
「だって……人が乗ってるんだよ。父さん」
「構わん。そいつは使徒だ。我々の敵だ」
3号機の手が初号機の喉元を締め上げていく。
「でも……でも出来ないよ。助けなきゃ。人殺しなんて出来ないよ」
「お前が死ぬぞ」
「いいよ! 人を殺すよりはいい!」
命令を無視するシンジを見てゲンドウは次の策に出る。
「構わん。パイロットと初号機のシンクロ率を全面カットだ!」
「カットですか?」
マヤがゲンドウの指示を聞いて振り返る。
「そうだ。回路をダミープラグに切り替えろ」
「しかし、ダミーシステムはまだ問題も多く、赤木博士の指示もなく」
懸念を示すマヤに断固とした態度を取るゲンドウ。
「今のパイロットよりは役に立つ、やれ!」
初号機のプラグが切り替えられ、コントロールを奪われるシンジ。
「何をしたんだ父さん!」
ダミーシステムに切り替わった初号機は、3号機の首を取って反撃を開始する。力ずくで3号機の首をへし折ると、そのまま地面に叩きつけて馬乗りになる。容赦なく顔面を破壊すると、拘束具を剥ぎ取ってバラバラにしていく。
――トウジの奴反省してた。妹に説教されたらしいよ。私たちを救ってくれたのは、あのロボットなのよって。
瞬時に辺りは血の海と化し、その惨劇を前にしてシンジは悲痛な叫びを上げる。
「止めてよ! 父さん、止めてよ! こんなの止めてよ!」
勝利を確信するゲンドウは最期まで止めようとしない。
「くそ、止まれよ」
必死に操縦桿を動かすシンジ。
「止まれ、止まれ、止まれ、止まれ! 止まれ、止まれ、止まれ、止まれ! 止まれ、止まれ、止まれ、止まれ! 止まれ! 止まれ! 止まれ! 止まれ! 止まれ!」
ついにエントリープラグを手にした初号機は、シンジの目の前でそれを握りつぶして破壊する。
「止めろぉぉぉーーー!」
「これにしよっと」
自宅の台所でヒカリは、弁当の献立を考えていた。その時、トウジの身に何が起こっているのか、知る由もなく。
「明日は食べてくれるかなぁ」
完全に沈黙する3号機。回収されるエントリープラグ。絶望するシンジに通信で謝罪するミサト。
「シンジ君。何も言えなくてごめんね。3号機のパイロットは……フォースチルドレンは」
初号機の中でうなだれていたシンジは、エントリープラグから救出されるトウジの姿を目撃する。
「シンジ君、シンジ君?」
高鳴る鼓動。失われる理性。
試験中の事故で高熱になったエントリープラグに駆け寄ったゲンドウは、中のレイを助けるために、素手でハッチをこじ開けようとする。
「僕のお父さんってどんな人ですか?」とシンジが聞く。
「こりゃまた唐突だな。葛城の話かと思ってたよ」と加持は言う。
「加持さん、ずっと一緒にいるみたいだし」とシンジは言う
「一緒にいるのは副司令さ。君は自分の父親のことを聞いて周っているのかい?」と加持が聞き返す。
「ずっと、一緒にいなかったから」とシンジは言う。
「知らないのか?」加持がシンジの内心を引き出すように聞く。
「でも、この頃分かったんです。父さんのこと色々と、仕事のこととか。母さんのこととか。だから……」
そう言い掛けたシンジの言葉を止めて、加持は何かを伝えようとする。
「それは違うな。分かった気がするだけさ。人は他人を完全には理解できない。自分自身だって怪しいもんさ。百パーセント理解し合うのは不可能なんだよ。ま、だからこそ人は、自分を、他人を知ろうと努力する。だから面白いんだな、人生は」
「ミサトさんともですか?」
「彼女というのは遥か彼方の女と書く。女性は向こう岸の存在だよ、我々にとってはね」
友人の披露宴の後で、加持とリツコが酒を交わしている。ミサトが席を外した隙に、リツコが加持に質問する。
「京都、何しに行ってきたの?」
「あれ? 松代だよ、その土産」
「とぼけてもムダ。あまり深追いすると火傷するわよ。これは友人としての忠告」
マルドゥック機関について嗅ぎまわっている加持に釘を刺すリツコ。
「真摯に聞いとくよ。どうせ火傷するなら、君との火遊びがいいな」
「花火でも買ってきましょうか?」
ミサトの声に平静を装う二人。
「あぁ、おかえり」
「変わんないわね、そのお軽いとこ」
その光景にミサトの本音が重なってゆく。
「加持君……私変わったかな」
「綺麗になった」
「疲れたの……綺麗な自分を維持するのに。綺麗なフリを続けている自分に。もう疲れたわ。私は汚れたいの。汚れた自分を見てみたかった」
「男と女は……」
NERVの秘密について、加持は独自に調査を進めていた。その素性は、すでに諜報部員の耳にも届いていた。加持は最期を悟り、信頼できる者へと希望を託す。
「葛城、俺だ。多分この話を聞いている時は、君に多大な迷惑をかけた後だと思う。すまない。リッちゃんにもすまないと謝っておいてくれ」
「迷惑ついでに俺の育てていた花がある。俺の代わりに水をやってくれると嬉しい。場所はシンジ君が知ってる」
加持がゲンドウに引き渡した〈アダム〉は、ゲンドウの右手に埋め込まれていた。
「葛城、真実は君とともにある。迷わず進んでくれ。もし、もう一度会える事があったら、8年前に言えなかった言葉を言うよ。じゃ」
「バカ……あんた、ほんとにバカよ」
ミサトは留守番電話に記録されたメッセージを聞いたとき、もう手遅れなのだ、ということを察して泣いた。
巨大な換気口の前で、加持は誰かを待っていた。足音に気づいて無防備な表情を振り向ける。
「よう。遅かったじゃないか」
平手打ちの音が鳴り響く。
「いい加減なこと言わないでよ! バカシンジのくせにぃっ」
声を上げると同時にアスカは、平手でシンジの顔を叩いた。
「だから何度言ったら分かるんだよ! もう加持さんはいないんだってば!」
「……うそ」と言ってアスカは呆然とする。
ひぐらしの鳴く時。零号機の最期が作り出した真新しい湖が赤く染まる頃。水際に立ったシンジは、今までに起こった出来事を思い返しながら、そのあまりにも非現実的な世界を整理しきれないままでいた。その時、聞き覚えのない声の鼻歌が聞こえてくる。
「歌はいいねぇ」
瓦礫の上に腰を下ろしたカヲルは夕日を眺めながらつぶやく。
「え?」
「歌は心を潤してくれる。リリンが生み出した文化の極みだよ。そう感じないか? 碇シンジ君」
そう言ってカヲルはシンジの方に振り向く。
「僕の名を?」
「知らないものはないさ。失礼だが、君は自分の立場をもう少しは知ったほうがいいと思うよ」
カヲルは、シンジを見透かしたような態度を見せる。
「そうかなぁ? あの、君は?」
「僕はカヲル。渚カヲル。君と同じ、仕組まれた子供。フィフスチルドレンさ」
「フィフスチルドレン? 君が、あの、渚君?」
「カヲルでいいよ、碇君」
その言葉に照れながらも受け入れようとするシンジ。
「僕も、シンジでいいよ」
カヲルはシンジに無邪気な笑顔を見せて笑い掛ける。
「さあ行くよ。おいで、アダムの分身。そしてリリンのしもべ」
エヴァ弐号機を起動させると、カヲルは目的の場所へ進行を開始する。
「エヴァ弐号機、起動!」
システムからのアラートを受けてマコトが声を上げる。
「そんなバカな! アスカは?」
ミサトが直ちに確認を取る。
「303病室です。確認済みです」
シゲルがモニターに映っている生気を失ってベッドに横たわるアスカを見て言う。
「じゃあ一体誰が?」
ミサトが振り向くとマヤが即座に答える。
「無人です。弐号機にエントリープラグは挿入されていません」
「誰も居ない? フィフスの少年ではないの?」
ミサトは想定外の事態に疑念を募らせる。
「セントラルドグマに、A・T・フィールドの発生を確認!」
マコトの言葉に反応するミサト。
「弐号機?」
「いえ、パターン青! 間違いありません! 使徒です!」
緊迫した口調でマコトが答える。
「なんですって? 使徒……あの少年が?」
自分の知らないシナリオが進行しているのかもしれないと推考するミサト。
『目標は第4層を通過、なおも降下中』
「だめです、リニアの電源は切れません!」
シゲルが状況を報告する。
『目標は第5層を通過』
アナウンスを聞いた冬月が身を乗り出して指示を出す。
「セントラルドグマの全隔壁を緊急閉鎖! 少しでもいい、時間を稼げ!」
『マルボルジェ全層緊急閉鎖、総員待避、総員待避』
事態の深刻さに焦りを見せる冬月。
「まさか、ゼーレが直接送り込んでくるとはな」
組織の策略を読んで対策を思考するゲンドウ。
「老人は予定を一つ繰り上げるつもりだ。我々の手で」
先方が用意したシナリオは実行された。
「人は愚かさを忘れ、同じ過ちを繰り返す」
「自ら贖罪を行わねば、人は変わらぬ」
「アダムや使徒の力は借りぬ」
「我々の手で未来へと変わるしかない。初号機による遂行を願うぞ」
キールは事の成り行きを支配しようとしていた。
「装甲隔壁は、エヴァ弐号機により突破されています」
シゲルがモニター上でめまぐるしく変化する情報を追いかける。
「目標は、第2コキュートスを通過!」
マコトの報告で、ゲンドウが指示を出す。
「エヴァ初号機に追撃させろ」
その声を受けて返事を返すミサト。
「はい」
「いかなる方法をもってしても、目標のターミナルドグマ侵入を阻止しろ」
言葉を強めるゲンドウ。
状況を見据えながら、ミサトはその裏にある真相を知ろうと考えを巡らせる。
「しかし、使徒はなぜ弐号機を?」
冬月はゲンドウに耳打ちをして結末を予測しようとする。
「もしや、弐号機との融合を果たすつもりなのか?」
「あるいは破滅を導くためかだ」とゲンドウは言う。
「嘘だ嘘だ嘘だ! カヲル君が、彼が使徒だったなんて、そんなの嘘だ!」
初号機の中で現実を認めたくないシンジは、操縦桿を叩いて叫ぶ。
「事実よ。受け止めなさい。……出撃、いいわね」
最深部へ向かって進行を続けるカヲルは頭上を見上げてつぶやく。
「遅いな、シンジ君」
『エヴァ初号機ルート2を降下!』
『目標を追撃中!』
一時の間、友達だと思えた相手に期待を裏切られたシンジは、その反動でカヲルを追撃する。
「裏切ったな……僕の気持ちを裏切ったな……父さんと同じに裏切ったんだ!」
「初号機、第4層に到達、目標と接触します」
オペレーターが状況を伝える。
「いた!」
弐号機の居場所を捉えたシンジは身構える。
「待っていたよ、シンジ君」
上を見上げて初号機を迎えるカヲル。
「カヲル君!」
そう叫んだシンジは、弐号機を押さえ込もうとして両手を塞ぐ。
「アスカ、ごめんよ!」
同時にプログ・ナイフを取り出し激しい戦闘に突入するエヴァ2体。
「エヴァシリーズ。アダムより生まれし人間にとって忌むべき存在。それを利用してまで生き延びようとするリリン。僕には分からないよ」
その状況を見て憂いの目を向けるカヲル。
「カヲル君! やめてよ、どうしてだよ!」
プログ・ナイフがぶつかり合い火花が散る中で、シンジはカヲルの本心を知ろうとする。
「エヴァは僕と同じ体でできている。僕もアダムより生まれしものだからね。魂さえなければ同化できるさ。この弐号機の魂は、今自ら閉じこもっているから」
弐号機に弾き返された初号機のプログ・ナイフが、カヲルの正面に突き立てられる。
「はっ……A・T・フィールド!?」
しかし、強力なA・T・フィールドで巨大な刃を止めるカヲル。
「そう、君たちリリンはそう呼んでるね。何人にも侵されざる聖なる領域、心の光。リリンもわかっているんだろ? A・T・フィールドは誰もが持っている心の壁だということを」
「そんなの分からないよ、カヲル君! クッ!」
隙を付いた弐号機がプログ・ナイフを初号機の胸に突き立てる。
「うわぁぁぁ!」
それに応戦するシンジ。
『エヴァ両機、最下層に到達』
『目標、ターミナルドグマまで、後20』
「初号機の信号が消えて、もう一度変化があったときは」
ミサトは周りに悟られないようマコトに耳打ちする。
「分かってます。その時はここを自爆させるんですね。サードインパクトが起こされるよりはマシですから」
二人は、サードインパクトが起こる前にNERVごと自爆させる気でいた。
「すまないわね」
ミサトはマコトを巻き込んだことを誤る。
「いいですよ、あなたと一緒なら」
マコトは自分の本心をミサトに伝える。
「ありがとう」
プログ・ナイフが深々と刺さったエヴァ両機と共に、カヲルは地下深層部へと降りていく。
「人の宿命か……人の希望は悲しみに綴られているね」
その時、巨大な爆震が発令所を襲う。
「どういうこと!?」
思わず天井を見上げるミサト。
「これまでにない強力なA・T・フィールドです!」
マコトが感知した情報を回す。
「光波、電磁波、粒子も遮断しています! 何もモニターできません!」
シゲルが異常を示すシグナルを見て振り返る
「まさに結界か」
ミサトは奥歯を噛み締めてモニターを見つめる。
「目標およびエヴァ弐号機、初号機共にロスト、パイロットとの連絡も取れません!」
次々とエラーの出る画面を見つめるマヤ。
ついにターミナルドグマへ辿りついたカヲルたち。エヴァ2機は落下の勢いで、そのまま地表に叩きつけられる。
「う……くっ……カヲル君!」
衝撃を受けたシンジは一瞬目標を見失う。物悲しい目で立ち去ろうとするカヲル。引きとめようとするシンジ。
「待って! うっ!」
追いかける初号機の脚を掴んで阻止しようとする弐号機。
「最終安全装置、解除!」
シゲルが報告を続ける。
「ヘヴンズドアが、開いて行きます」
マコトが最期の時を覚悟すると同時にミサトは言う。
「遂にたどり着いたのね、使徒が」
「……日向君」
ミサトの声を背中に受け、唇を噛み締めながら無言で頷くマコト。
「うわぁあああ!」
弐号機と揉み合いになり激しく攻防するシンジ。その時、ターミナルドグマ全体が巨大な揺れに包まれる。
「なんだ?」
驚いて上を見るシンジ。
「状況は?」
新たな揺れを観測しモニターに食い入るミサト。
「A・T・フィールドです!」
答えるマコト。
「ターミナルドグマの結界周辺に先と同等のA・T・フィールドが発生」
詳細を伝えるシゲル。
「結界の中へ侵入していきます!」
現状を追いかけるマヤ。その報告に顔色を変えるミサト。
「まさか、新たな使徒?」
「だめです、確認できません! あ、いえ、消失しました!」
シゲルが翻弄される。
「消えた!? 使徒が?」
その時、ターミナルドグマの壁伝いの足場にレイが現れる。そしてカヲルの方へ冷たい視線を送る。
「アダム……われらの母たる存在。アダムより生まれしものはアダムに還らねばならないのか? 人を滅ぼしてまで……」
ついにターミナルドグマに隔離された巨人の前に辿りついたカヲル。その顔をまじまじと見つめ、自分の目的を進めようとする。しかし、違和感を覚えたカヲルは、そこにあるヒトの思惑に気づくことになる。
「違う……これは……リリス! そうか、そういうことかリリン!」
次の瞬間、壁を突き破った弐号機が床に倒れて沈黙する。続いて現れた初号機がカヲルに近づいて行く。カヲルの体を巨大な手で捕まえる初号機。
「ありがとう、シンジ君。弐号機は君に止めておいてもらいたかったんだ。そうしなければ彼女と生き続けたかもしれないからね」
落ち着いた表情で全てを受け入れようとするカヲル。
「カヲル君……どうして」
カヲルの真意が分からないままシンジは聞く。
「僕が生き続けることが僕の運命だからだよ。結果、人が滅びてもね」
「だが、このまま死ぬこともできる。生と死は等価値なんだ、僕にとってはね。自らの死、それが唯一の絶対的自由なんだよ」
「なにを……カヲル君……君が何を言っているのか分かんないよ! カヲル君!」
カヲルは自分の辿りついた〝答え〟をシンジに伝えようとする。
「遺言だよ」
「さあ、僕を消してくれ。そうしなければ君らが消えることになる。滅びの時を免れ、未来を与えられる生命体は一つしか選ばれないんだ。そして、君は死すべき存在ではない」
カヲルはレイに目を向ける。そして優しく目を細める。もう一度視線を戻したカヲルは言う。
「君たちには未来が必要だ」
思いもよらない結末に辿りついてしまったと感じたシンジは、震える手で操縦桿を握ることしかできない。
「ありがとう。君に逢えて、嬉しかったよ」
エヴァ初号機は、手に握り締めたカヲルを見つめる。長い長いこう着状態。そして、ターミマルドグマの海へ落ちる〝使徒〟の首。
夕日に染まる湖。羽の生えた巨人は首を落とされた姿で活動を停止している。夕日はゆっくりと山の向こうへ沈んで行く。
講堂での練習を終えて、楽器を持って立ち去るシンジの後姿。
――続劇。
――休憩
――INTERMISSION
――00:04:24