新世紀エヴァンゲリオン劇場版『Air/まごころを、君に / THE END OF EVANGELION』のストーリーとセリフまとめ

新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に

 太陽が山のふもとへと帰る頃。ブランコが揺れる風景。懐かしい歌が聞こえる。
「そうだ……。チェロを始めたときと同じだ。ここに来たら、何かあると思ってた」
 幼い頃のシンジ。
「シンジくんもやりなよ!」
「頑張って完成させようよ!お城」
 児童の声が聞こえる。
「……うん!」
 シンジは砂の城を手で固める。
 ブランコが揺れる景色。公園という舞台。シンジの隣で、人形が砂の城を見つめている。
「あ、ママだ!」
「帰らなきゃ!じゃあねぇー!」
 児童がそう言うと、舞台の向こうにパイプ椅子に座っている女性が現れる。
「ママー!」
 シンジの元から去っていく人形たち。舞台の切れ目を見に行ったシンジの足元には、高く組まれたパイプの土台が見える。もう一度砂場に戻って城を固めるシンジ。泣き出しそうになるのを必死でこらえる。
 城が完成する。シンジは無言で城の前に立って、それを見下ろす。その城は、四つの面で出来た平坦な作りで、まるでピラミッドのような形をしている。シンジは、その城を踏み付けて壊していく。
「えい!えい!えぃ!」
 幼いシンジは、砂の城を何度も何度も蹴って壊していく。城が崩れてただの砂の山に戻ると、シンジは蹴ることを止めて立ち尽くす。しかし、シンジはまた砂をかき集めて城を作り始める。

「つぁーもぉーーーっ!アンタ見てると……イライラすんのよぉっ!!」
 感情を露にしたアスカが目を見開く。
「自分みたいで?」
 裸で仰向けになっているシンジがつぶやく。

「ママーッ!」
 幼いアスカが泣きじゃくる。
「マ……マ……」
 眠っているアスカが寝言を漏らす。
「ママ……」
 膝を抱えたシンジがつぶやく。

 シンジは血のついたミサトのペンダントを眺める。
「結局、シンジ君の母親にはなれなかったわね」
 ミサトの声がする。

 かつての加持の部屋。
「ねえ……ねえ……しよう?」
「またかぁ、今日は学校で友達と会うんじゃなかったっけ?」
「ん?あーリツコね。いいわよ……まだ時間あるし」
 甘い声で加持を誘うミサト。
「もう1週間だぞ。……ここでゴロゴロし始めて」
「だんだんね。コツがつかめてきたの。だからぁー。ねェ」
「っっん」
「多分ねぇー。自分がここにいることを確認するために……こういうことするの」

 そこには、二人の行為を傍らで傍観するシンジの姿があった。
「バッカみたい!ただ寂しい大人が慰めあってるだけじゃないの」
 アスカの声が聞こえる。
「身体だけでも、必要とされてるものね」
 リツコの声が聞こえる。
「自分が求められる感じがして、嬉しいのよ」
 ミサトの声が聞こえる。
「イージーに自分にも価値があるんだって思えるものねぇ。それって」
 アスカの声が聞こえる。
「これが……。こんなことしてるのがミサトさん?」
 シンジは顔をしかめて視線を鋭くする。その手には、ミサトのペンダントが置かれている。
「そうよォ。これもワタシ。お互いに溶け合う心が写し出す、シンジくんの知らない私。本当のことは結構、痛みを伴うものよ。それに耐えなきゃね」
「あーあっ。私も大人になったらミサトみたいなコト……するのかなぁ?」
 アスカがぶっきらぼうに言ってみせる。
「ねぇ。キスしようか?」
 いつかの二人きりの部屋のアスカが、シンジに向かって言った言葉。
 扉の影から姿を現したミサトが「ダメっ!」と言う。
「それとも怖い?」
 アスカは椅子の背もたれに肘をついてシンジに聞く。
 服を着替えながら「子供のするもんじゃないわ」とミサトが言う。
「じゃ、いくわよ」
 アスカはシンジの方へ歩いて近づいて行く。
「何も判ってないくせに、私のそばに来ないで」
 シンジの正面に立ったアスカは、表情を強張らせてシンジに言う。
「判ってるよ……」
 シンジは自信の無い声をもらす。
「判ってないわよ……バカ!」
 そう言って、アスカはシンジの足を蹴飛ばす。
「あんた私のこと分かってるつもりなの?救ってやれると思ってるの?それこそ傲慢な思い上がりよ!判るはずないわ!」
 アスカは、声を濁らせてシンジを罵倒する。
「判るはずないよ。アスカ何も言わないもの。何も言わない。何も話さないくせに。判ってくれなんて、無理だよ!」
 シンジは内面で反論する。
「碇くんは判ろうとしたの?」
 レイが尋ねる。
「判ろうとした」とシンジは言う。
「バーカ!知ってんのよ、アンタは私をオカズにしてること。いつもみたくやってみなさいよ。ここで観ててあげるから。あんたが、全部私のものにならないなら。私……何もいらない」
 電車の中で、アスカはシンジの座った椅子に足を乗せて問い詰める。
「だったら僕にやさしくしてよ!」
 シンジは自信の無い表情でアスカを見上げる。
「やさしくしてるわよ」
 ミサト、アスカ、レイ、三人の姿が重なる。
「ウソだ!!笑った顔でごまかしてるだけだ。曖昧なままにしておきたいだけなんだ!」
 シンジが自分の考えに篭ろうとする。
「本当のことは皆を傷つけるから。それは、とてもとてもツライから」
 レイの声が聞こえる。
「曖昧なものは……僕を追いつめるだけなのに」
「その場しのぎね」
 レイが感情の入っていない口調で答える。
「このままじゃ怖いんだ。いつまた僕がいらなくなるのかも知れないんだ。ザワザワするんだ……落ち着かないんだ……声を聞かせてよ!僕の相手をしてよ!僕にかまってよ!!」
 塞ぎこむシンジの後ろに、アスカ、レイ、ミサトが立っている。シンジは、自分が言い放った後の無言の空気に気づいて、とっさに振り返る。

 ミサトの家のキッチンで、アスカがテーブルの上に突っ伏して落ち込んでいる。
「何か役に立ちたいんだ。ずっと一緒にいたいんだ」
 シンジは後ろから回り込んでアスカに近づく。
「じゃあ、何もしないで。もうそばに来ないで。あんた私を傷つけるだけだもの」
「あ、アスカ助けてよ……。ねぇ、アスカじゃなきゃダメなんだ」
 そう言ってシンジはアスカに言い寄る。
「ウソね」
 アスカがシンジを睨みつける。
「あんた、誰でもいいんでしょ!ミサトもファーストも怖いから、お父さんもお母さんも怖いから!私に逃げてるだけじゃないの!」
 アスカは、椅子から立ち上がるとシンジに詰め寄って追い掛け回す。
「助けてよ……」
 アスカの気迫に負けて、シンジは後ずさりする。
「それが一番楽でキズつかないもの!」
 アスカは鋭い目つきで見据えながらシンジの後を追う。
「ねぇ、僕を助けてよ」
 シンジは困惑した表情で助けを求める。
「ホントに他人を好きになったことないのよ!」
 アスカは、大声を上げてシンジの胸を突き飛ばす。その反動で、シンジはコーヒーメーカーを巻き込んで倒れる。コーヒーが床に飛び散り湯気が吹き上がる。ペンペンは物陰からその様子を見守っている。
「自分しかここにいないのよ。その自分も好きだって感じたことないのよ」
 床に転がったシンジが身を縮める。
「哀れね」
 アスカは呆れた表情でシンジを見下ろす。
「たすけてよ……。ねぇ……。誰か僕を……お願いだから僕を助けて」
 シンジは力なくうなだれたまま、ゆっくりと立ち上がる。
「助けてよ……。助けてよ……。僕を、助けてよォ!」」
 シンジはテーブルに手を掛けるとひっくり返して暴れ始める。家じゅうに大きな音が響いてペンペンが驚く。
「一人にしないで!」
 シンジは椅子を投げ飛ばして叫ぶ。
「僕を見捨てないで!僕を殺さないで!」
 両手で椅子持ち上げて床に叩き付ける。
「……はぁ……はぁ」
 シンジは肩で息を切らせて膝をつく。
「イ・ヤ」
 アスカは冷たい目でシンジを見下ろす。
 突然、シンジは逆上すると、アスカの首に手を掛ける。そして、力を込めて絞め上げる。

 レイの首を絞める赤木ナオコ。幼いころのシンジが描いた絵。様々な映像が、走馬灯のように駆け巡る。

「誰も判ってくれないんだ……」とシンジが言う。
「何も判っていなかったのね」とレイは言う。
「イヤな事は何もない、揺らぎのない世界だと思っていた……」とシンジが言う。
「他人も自分と同じだと、一人で思い込んでいたのね」とレイは言う。
「裏切ったな!僕の気持ちを裏切ったんだ」とシンジが言う。
「最初から自分の勘違い。勝手な思い込みにすぎないのに」とレイは言う。
「みんな僕をいらないんだ……。だから、みんな死んじゃえ!」とシンジが言う。
「でも。その手は何のためにあるの?」とレイは言う。
「僕がいても、いなくても、誰も同じなんだ。何も変わらない。だからみんな死んじゃえ」とシンジが言う。
「でも。その心は何のためにあるの?」とレイは言う。
「むしろ、いないほうがいいんだ。だから、僕も死んじゃえ!」とシンジが言う。
「では、なぜここにいるの?」とレイは言う。
 シンジは不安そうな声色で伺う。
「……ここにいてもいいの?」

 (無言)

「ひっ……ひっ…………・・・うわぁぁぁぁぁぁーーーーーーっっっ!!!」


 第2発令所で事態の変化を観測するオペレーターたち。
「パイロットの反応が限りなくゼロに近づいていきます!」
 マコトがモニターを見つめながら報告する。
「エヴァシリーズおよびジオフロント、E層を通過。なおも上昇中」
 シゲルが現状を伝える。
「現在、高度22万キロ……F層に突入」
 MAGIシステムの音声が鳴り響く。
「エヴァ全機、健在!」
 マコトが報告を続ける。
「リリスよりのアンチA.T.フィールド、さらに拡大!物質化されます」
 シゲルは主モニターを見つめている冬月の方を向く。

 黒き月は地上を離れ、遥か上空に浮かんでいる。突然、地球の表面が光に包まれ、巨大なリリスが体を起こして大気圏外に上半身を表す。そして、両手で黒き月をそっと覆うと、それを愛おしそうに見つめる。

「アンチA.T.フィールド、臨界点を突破」
「ダメです。このままでは巨大生命の形が維持できません」
 オペレーターの二人が報告を続ける。マヤはコンソールの下でクッションを抱えて震えていた。

 その時、地球と月の間に位置するリリスが巨大な12枚の羽根を広げる。

「ガフの部屋が開く……世界の、始まりと終局の扉が……遂に開いてしまうか」
 黒き月の周りに赤い光が浮かび上がり、回転し始める。
「世界が悲しみに充ち満ちていく。空しさが人々を包み込んでいく。孤独な人の心を埋めていくのね」
 死んだ人々の前に現れるレイ。そして、遺体をL.C.L.へと還元していく。
「ウフフフ……フフフ……フフフフ」
 マコトの前に姿を現したのは、制服姿のレイだった。レイは、その現象に震え上がるマコトの方へと腕を伸ばして行く。
「う……うぁっ」
 レイの両手で顔を触れられたマコトは、そこにミサトの姿を見る。ミサトの姿をしたそれは、恐怖と不安と嬉しさの狭間で戸惑うマコトに抱きついてキスをする。次の瞬間、マコトの体は水風船のように弾けて、L.C.L.へと変化する。
「あぁっ……はぁぁっ…………ぁあぁーーー!」
 コンソールの下に逃げ込んだシゲルは、大量のレイに追い詰められる。絶叫して身を屈めたシゲルの肩にレイが触れると、瞬時にL.C.L.に変わって弾けとぶ。
「碇!お前もユイくんに遭えたのか?」
 冬月は、安堵の表情を浮かべて天井を見上げる。その視線の先には空中から舞い降りるレイの姿。そして冬月に近づいたレイがユイの姿に変わる。ユイが冬月の顔に両手を当てると、冬月もまたオレンジ色の液体へと変化を遂げる。
「A.T.フィールドが……みんなのA.T.フィールドが消えていく……。これが答えなの?……私の求めていた」
 震えるマヤの手を、後ろからそっと覆う手。驚いて息を飲むマヤ。その手は素早くキーボードを叩く。慣れた手つきを見て振り返ったマヤの目に、優しく微笑むリツコの姿が飛び込んでくる。
「マヤ……」
 リツコは、マヤの顔を優しく撫でて抱きしめる。
「先輩……先輩!……先輩!……先輩!」
 マヤは嬉し涙を流しながら、リツコを抱きしめる。そしてマヤもまた、L.C.L.へと還ってゆく。マヤの端末のディスプレイには「I NEED YOU」の文字が打ち込まれていた。


 モノリスに囲まれて座るキール議長。その目の前で、モノリスが次々と消失していく。
「始まりと終わりは同じところにある。よい。全てはこれでよい」
 ゼーレも例外なくL.C.L.となっていく。キールは全てに満足し、液体に姿を変える。キールがL.C.L.に還る瞬間、赤い光が天に昇っていくのが見える。そして、キールのいた場所に残骸が残る。彼は、脊椎から下が機械化されていたサイボーグだった。


 ゲンドウは、ターミナルドグマで右腕を抱えながら横になっていた。
「この時を……ただひたすら待ち続けていた。ようやく会えたな……ユイ」
 そこには、横になったゲンドウを見つめるユイの姿があった。
「俺が傍にいるとシンジを傷つけるだけだ。だから、何もしない方がいい」
「シンジが怖かったのね」とユイは言う。
「自分が人から愛されるとは信じられない。私にそんな資格はない」
 そう話すゲンドウの頭上に人の影が現れる。
「ただ、逃げてるだけなんだ。自分が傷つく前に、世界を拒絶している」
 そう言って、ゲンドウの足元にカヲルが現れる。
「人の間にある形もなく、目にも見えないものが……」と言ったユイの後ろに立つ裸のレイが「怖くて、心を閉じるしかなかったのね」と言う。
「その報いがこのあり様か……。すまなかったな……シンジ」
 ゲンドウは初号機に捕まれ、今まさに食われようとしていた。初号機は、大きな口を開けてゲンドウの頭に食らいつく。ゲンドウは下半身だけの姿になってターミナルドグマに立つ。

 包帯を巻いた制服姿のレイが、そこに残された眼鏡を大事そうに拾う。その横には裸のレイが立っている。そして、二人の間に幼いレイが立っている。


 宇宙空間で量産型のエヴァが自らのコアに槍を突き刺して悶えている。量産型は、その行為にまるで救われたかのような表情を見せる。

 そして、地球全体が無数の光の十字架で包まれていく。美しく輝く緑色の十字架が、数え切れないほどの数で地球を埋め尽くして行く。そこに溢れ出した赤い光を黒き月の自転が巻き上げる。その光の流れをリリスが手の平で吸収していく。目を見開いて浮遊するリリス。その額に亀裂が入ると、そこへ生命の樹となった初号機が吸い込まれていく。そして、初号機はリリスの体の中へ完全に取り込まれてしまう。

「はっ……綾波……?……レイ」
 シンジはリリスの中で無数のレイが泳ぎ回るうねりを目撃する。
 シンジの意識に流れ込むイメージ。そして沢山の、いくつもの他人の言葉が聞こえてくる。
「嫌い……。誰が、あんたなんかと……。勘違いしないで」
「あんたのことなんか好きなわけないじゃないの」
「私の人生に何の関係もないわ」
「もう、あっち行ってて」
「ですから、もう電話してこないで下さい」
「ちょっと、つきまとわないで……。勘違いしないで」
「一番嫌いなタイプなのよ」
「情けないわね……。大っキライ」
「あは……あは……あははははは」
「もうあっち行ってて。しつこいわね」
「あは……あは……あははははは」
「意気地なし!」
「そんなに辛かったら、もうやめてもいいのよ」とミサトが言う。
「そんなに嫌だったら、もう逃げ出してもいいのよ」とレイが言う。
「楽になりたいんでしょ。安らぎを得たいんでしょ。私と一つになりたいんでしょ……心も身体も一つに重ねたいんでしょ」とミサトが言う。
「でも、あなたとだけは、ゼッタイに死んでもイヤッ!」とアスカが言う。


 目を剥いた映像が流れる――

 空席の映画館。

 きらめく水面
 送電線
 電車
 看板に座る猫
 街の風景
 揺れるブランコ
 車窓から見た都会の景色
 人が行き交う雑踏

「ねぇ?」とシンジは言う。
「何?」とミサトが言う。
「夢って、何かな?」とシンジは言う。
「夢?」とアスカが言う。
「そう……夢」とレイが言う。

 満席の映画館。

――「気持ち、いいの?」

「判らない。現実がよく判らないんだ」とシンジは言う。
「他人の現実と自分の真実との溝が、正確に把握できないのね」とレイが言う。
「幸せが何処にあるのか、判らないんだ」とシンジは言う。
「夢の中にしか、幸せを見いだせないのね」とレイが言う。
「だからこれは現実じゃない。誰もいない世界だ」とシンジは言う。
「そう、夢」とレイが言う。
「だから、ここには僕はいない」とシンジは言う。
「都合のいい、作り事で現実の復讐をしていたのね」とレイが言う。
「いけないのか?」とシンジは言う。
「虚構に逃げて、真実をごまかしていたのね」とレイが言う。
「僕一人の夢を見ちゃいけないのか?」とシンジは言う。
「それは夢じゃない。ただの現実の埋め合わせよ」とレイが言う。

 満席の映画館。

「じゃあ、僕の夢はどこ?」とシンジは言う。
「それは、現実のつづき」とレイが言う。
「僕の現実はどこ?」とシンジは言う。
「それは、夢の終わりよ」とレイが言う。


 リリスの首筋から噴きだす血しぶき。その血は月にまで達する。リリスがゆっくりと倒れていく。
 満月を背にして微笑むレイの姿。裸のまま仰向けになったシンジの上に、レイが裸の状態で跨って覗き込んでいる。
「……綾波……ここは?」
「ここはL.C.L.の海。生命の源の海の中。A.T.フィールドを失った、自分の形を失った世界。どこまでが自分で、どこからが他人なのか判らない曖昧な世界。どこまでも自分で、どこにも自分がいなくなっている静寂な世界」
「僕は死んだの?」
「いいえ。全てが一つになっているだけ。これが、あなたの望んだ世界そのものよ」
 シンジが手に握っていたミサトのペンダントを離すと、ゆっくりと浮かび上がっていく。
「でも、これは違う。違うと思う」
 シンジはペンダントを見つめながら、自分の気持ちに気づく。
「他人の存在を、今一度望めば、再び心の壁が全ての人々を引き離すわ。また、他人の恐怖が始まるのよ」
「いいんだ……ありがとう」
 シンジはレイの手を取って握手をする。

 シンジは穏やかに揺れる水の中で、レイの足を枕にして寝転んでいる。手にはミサトのペンダントを握っている。
「あそこでは、イヤな事しかなかった気がする。だから、きっと逃げ出してもよかったんだ。でも、逃げたところにもいいことはなかった。だって……僕がいないもの。誰もいないのと、同じだもの」
「再びA.T.フィールドが、君や他人を傷付けてもいいのかい?」
 そう言ってシンジの前にカヲルが現れる。
「構わない。でも、僕の心の中にいる君達は何?」
 制服姿のシンジは、畑の上という、ごくありふれた風景の上に立つ。
「希望なのよ。ヒトは互いに判りあえるかも知れない……ということの」
 制服姿のレイがシンジの前に立つ。
「好きだ、という言葉とともにね」
 制服姿のカヲルが言う。
 シンジたちの足元に、無数の人の体が浮かび上がってくる。
「だけど、それは見せかけなんだ。自分勝手な思い込みなんだ。祈りみたいなものなんだ。ずっと続くはずないんだ。いつかは裏切られるんだ。僕を……見捨てるんだ」
 シンジの心境の変化と共に、景色が次々と変化していく。
「でも……僕はもう一度会いたいと思った。その時の気持ちは本当だと思うから」
 そして、みんなのイメージが浮かび上がる。


 リリスが首を後ろにもたげて倒れ込んでいく。リリスにあった光の羽根が消失する。そして、リリスの眼球を破って初号機が現れる。初号機は宙に浮かぶと、12枚の羽根を広げて雄叫びを上げる。その咆哮が地球の表面に立った光の十字架へ伝わっていく。エヴァ量産機が取り囲む黒き月に、子午線と経線を描くようにして赤い線が刻まれていく。黒き月から流れ落ちる赤い液体が、リリスの白い体を染めていく。黒き月が弾けとび、赤い光が地表に流れていく。そして、宙に浮遊しながら倒れ込んでいくリリスの身体が、溶けるようにして崩壊していく。

「現実は、知らないところに。夢は現実の中に……」とカヲルが言う。
「そして、真実は心の中にある」とレイが言う。
「ヒトの心が、自分自身の形を造り出しているからね」とカヲルが言う。
「そして、新たなイメージが、その人の心も形も変えていくわ。イメージが、想像する力が、自分たちの未来を、時の流れを……創り出しているもの」とレイが言う。
 首が溶けてもげ落ちたリリスの首が地表に落下する。
「ただヒトは、自分自身の意志で動かなければ、何も変わらない」とカヲルが言う。
 リリスの巨大な腕が地上に落下する。
「だから、見失った自分は、自分の力で取りもどすのよ。たとえ、自分の言葉を失っても。他人の言葉が取り込まれても」とレイが言う。
 光の羽を初って宙に浮かぶ初号機が、口からロンギヌスの槍を吐き出し両手でしっかりと握り締める。それを元の二股の槍の形に変化させると、槍は光を放って輝く。その光に反応するようにして、量産機に突き刺さった槍がぶくぶくと膨れ上がった後、破裂するようにして消滅する。
「自らの心で自分自身をイメージできれば、誰もがヒトの形に戻れるわ」とレイが言う。
 両腕を大きく横に広げたまま、地表に降りていく量産機。
「心配ないわよ。全ての生命には、復元しようをする力があるの。生きてこうとする心があるの。生きていこうとさえ思えば、どこだって天国になるわ。だって生きているんですもの。幸せになるチャンスは、どこにでもあるわ……」とユイの声が聞こえる。
 量産機が地上に降りていくと、それとは逆行するようにして、光の十字架が次々と上昇していく。光の羽根を折り畳んでいく初号機。そして光の羽は消失し、初号機の機体が化石のように黒く変化する。両腕を左右に広げた初号機は、地球より上昇してきた光の十字架に包まれながら、宇宙空間をゆっくりと進んで行く。
「太陽と、月と、地球が、ある限り。大丈夫……」とユイが言う。

 赤い海の中で、ユイがシンジの頬にそっと手を当てる。
「もういいのね?」
「幸せがどこにあるのか、まだ判らない。だけど、ここにいて……生まれてきてどうだったのかは、これからも考え続ける。だけど、それも当たり前のことに何度も気づくだけなんだ。自分が自分でいるために」
 ユイが赤い海に沈んで行く。シンジはユイを見つめて、海面に上昇しながら離れて行く。海面から頭を除かせたシンジは、目の前に転がる巨大なリリスの顔が、真ん中から縦に裂けていく光景を見つめながら考える。
「でも、母さんは……母さんはどうするの?」


 ユイの願い――
 湖畔の見える丘の大きな木の下で、冬月とユイは木陰で話をしていた。
「ヒトが神に似せてエヴァを造る。これが真の目的かね?」と冬月は言う。
「はい。ヒトはこの星でしか生きられません。でも、エヴァは無限に生きていられます。その中に宿る人の心とともに。たとえ、50億年経って、この地球も、月も、太陽さえなくしても残りますわ。たった一人でも生きていけたら……。とても寂しいけど、生きていけるなら……」
 ユイに抱かれた幼いシンジが、ユイの顔に両手を当ててじゃれる。
 冬月は、夏の光に照らされてキラキラと光る水面を見つめる。
「ヒトの生きた証は、永遠に残るか……」


 宇宙空間を漂う初号機とロンギヌスの槍が、永遠の彼方へと遠ざかって行く。
 シンジはユイに最後の別れを告げる。
「さようなら……。母さん」


 THE END OF EVANGELION
 ONE MORE FINAL:I need you.

 赤い海。星が瞬く夜空。月明かりに照らされる白い砂浜。全てが破壊され、辺りには人や建物の姿はない。地表に落ちたリリスの顔は、右半分だけの状態で不気味な笑みを浮かべている。杭に打ち付けられたミサトのペンダントトップ。両腕を広げて十字架のような形で固まっているエヴァ量産機。量産機は、墨のように黒く変化した状態で赤い海に突き刺さっている。静かな波打ち際。衛星軌道上には、黒き月が残した赤い粒子のベルトが月に被さるようにして浮かんでいる。

 いつの間にか、シンジはアスカと並んで波打ち際の砂浜に寝転んでいた。シンジは制服姿だった。アスカはプラグスーツのまま、右手には包帯、左目には眼帯をしていた。月に被さる赤い線を眺めていたシンジは、顔を横に向けて赤い海の方を見る。そこには、水の上に浮かぶレイの姿があった。しかし、確かに見えたはずのレイの姿は、次の瞬間には消えていた。
 シンジは、体を起こしてアスカの方を見る。波の音だけが静かに聞こえてくる。
「うぅ……」
 シンジは、仰向けに寝ているアスカに馬乗りになって首を絞める。
「くぅ……うぅぅっ……」
 アスカは首を絞められたまま、目を見開いてシンジを見上げている。シンジは肩を震わせながらアスカの首を絞め続ける。その時、アスカの右手がぴくりと動き、ゆっくりとシンジの頬を撫でる。シンジは、驚いて手を緩めた。そして嗚咽を出しながら泣き始めた。シンジの流した大粒の涙が、アスカの顔にぽたぽたとこぼれ落ちる。シンジはアスカの首から手を離し、息を引きつらせながら泣き続けた。終始一点を見つめていたアスカの目が、シンジの方を見る。自分の上で泣き続けるシンジを見て、アスカは搾り出すような声で言った。

「気持ち悪い」

――終劇――