その頃、まだ何も知らないアスカは、果敢に量産機と戦い続けていた。
「うわぁぁぁーーーっ!」
弐号機は、量産機に飛び掛かると、そのまま押し倒して地底湖に押しつける。
「うわぁーーー!」
水中に沈められた量産機が顔を上げる。プログ・ナイフを手に取った弐号機がそれを力いっぱい突き刺す。量産機の顔に刺さったプログ・ナイフの刃が真っ二つに折れる。苦しみ悶えて活動を停止させる量産機。
アスカは、次の目標に向かって地底湖の中を駆け出すと、陸地へと上がって行く。そして、カッターの刃を出すように、折れたプログ・ナイフの刃を伸ばすと、一気に量産機へ切りかかって行く。弐号機は、踏み込むと同時にプログ・ナイフで量産機の右腕を切り落とす。量産機の持っていた武器が宙を舞う。林の木をなぎ倒して量産機の腕が転がる。量産機にプログ・ナイフを突き立てて押し倒した弐号機は、ナイフを引き抜いて追い討ちを掛けようとするも、刃が折れて粉々に砕けてしまう。
「ちっ!」
量産機は、スキを見せた弐号機の頭に掴み掛かり反撃に出る。アスカはその衝撃に悲鳴を上げた。しかし、その場に押し留まると、前に押し返して量産機の背後へ回る。量産機の首に腕を回した弐号機は、そのまま首をへし折ってしまう。すると、上空から次なる量産機が、前後両方に刃の付いた巨大な武器を振りかざして飛び込んできた。
機体の背中から地面に転がってそれを避ける弐号機。先に倒した量産機の落とした武器が地面に刺さる場所まで後退した弐号機は、それを引き抜いて攻撃を弾き返す。巨大な刃と刃がぶつかり合い、お互いに弾き飛ばされる弐号機と量産機。なんとか踏みとどまって体制を整えたアスカは、その武器を横になぎ払うようにして攻撃に転じた。
大量のベークライトで埋め立てられた施設内の足場。シンジは、その空間に響くアスカの無線音声を耳にして立ち尽くす。
「もう! しつこいわねぇっ。バカシンジなんてあてにできないのにぃーっ!」
アスカが巨大な武器を振り回しながら叫ぶ。
「ふぅっ! はぁぁぁーっ!」
振りかざした刃が合撃ち合いになり、その反動でバランスを崩す機体。弐号機は体制を立て直すと、武器を量産機に振り下ろす。首の後ろを大きく切りつけられた量産機は、血を吹き出しながら倒れ込んで行く。
その頃、ゲンドウはレイを連れてターミナルドグマのリリスの前に立っていた。ロンギヌスの槍を抜かれ、両足が生えた状態で磔になっているリリス。ゲンドウとレイがリリスを見上げる。その傍ら、L.C.L.の海の前でリツコが座っていた。
「お待ちしておりました」
そう言ってリツコはゲンドウたちに向けて静かに銃を構えた。
外では、弐号機が次なる目標の胴体を真っ二つに切り裂いていた。量産機の胴体が宙を舞う。地上に残された下半身から、血液がほとばしる。アスカは叫びながら振り返る。その勢いで、足元の木を刈り取るようにして武器を振り上げると、後ろに立っていた量産機の左足を切断した。
武器を振りかぶってスキができた弐号機に、もう一体の量産機がすかさず飛び掛かる。相手の重みでバランスを崩す弐号機。アスカは衝撃を受けてうめき声を上げる。しかし直ぐに顔を上げると、機体にのしかかって来る量産機の腹を抱えるようにして持ち上げる。そして、エヴァの肩に装備されたラックを量産機の顎に当て、一気にニードルガンを発射させる。何本もの鉄の針で顔を串刺しにされた量産機が、たまらず後ろにのけぞる。アスカは、更に追い討ちを掛けて量産機の顔に刺さった針を倍増させた。
ターミナルドグマでゲンドウに銃を向けるリツコは穏やかな表情で語り始める。
「ごめんなさい。あなたに代わり、先ほどMAGIのプログラムを変えさせてもらいました」
ゲンドウは無言のまま立っている。その後ろに裸のレイが静かに立っている。
「娘からの最後の頼み。母さん、一緒に死んでちょうだい」
リツコは覚悟を決めて天を仰ぐと、ポケットの中に入れた手でスイッチを押す。電子音が鳴った後に沈黙が続く。
「作動しない!? なぜ?」
リツコはポケットからリモコンを取り出してモニターを確かめる。すると、リモコンの画面には『否定』の文字が表示されていた。
「はっ、CASPERが裏切った!? 母さん……娘より自分の男を選ぶのね」
唖然とするリツコに向かって、今度はゲンドウが銃を構える。
「赤城リツコ君。本当に…………」
ゲンドウの唇の動きを見て、リツコは笑うような表情をして涙を流す。
「嘘つき……」
鳴り響く銃声。撃たれたリツコの体が吹き飛ぶ。L.C.L.の海へ飛び込む直前に、リツコは空中に浮かんで自分を見つめるレイの姿を目撃する。
未だ銃撃戦が繰り広げられている第2発令所。コンソールの下には割れたマグカップが転がっている。
「外はどうなってる?」
マコトは、戦自隊の銃撃に応戦しながらマヤに確認する。
「活動限界まで一分を切ってます。このままじゃアスカは……」とマヤが答える。
カウントを刻み続ける弐号機のデジタル数字は、残り〝0:46:56〟を示していた。
「うぉーーーっ!」
量産機の頭を掴んで建物の壁に叩き込む弐号機。弐号機は、瓦礫に埋もれた量産機の頭をそのまま握りつぶす。壁の奥から血しぶきが上がる。
「負けてらんないのよっ! ママが見てるのに!」
第7ケージ内で膝を抱えて戦おうとしないシンジがアスカの言葉に反応する。
「ママ? ……母さん」
アスカは、首を握りつぶした量産機を後ろから迫っていた最後の一体に投げつけて叫ぶ。
「これでラストォーーーっ!」
投げつけられた量産機の胴体に殴りかかる弐号機。めり込んだ腕は、一体の腹を貫通し、その後ろの量産機のコアまで届いていた。
「うぅぅぅーーー」
アスカは歯を食いしばって力を込める。量産機のコアから血しぶきが噴出す。残り時間はあと15秒を切る。
「うぉぉぉぉーーーっ!」
弐号機の活動限界が残り10秒を切る。アスカは最後の力を振り絞る。その時、弐号機の背後からとてつもない勢いで量産機の武器が飛来する。アスカはそれに気づいて振り返ると、引き抜いた右腕でA・T・フィールドを展開して直撃を防ぐ。しかし、A・T・フィールドによって止められた刀状の武器は、形を変形させてロンギヌスの槍になる。
「ロンギヌスの槍!?」
ロンギヌスの槍は、弐号機のA・T・フィールドに少しずつ食い込むと、再度勢いを増して突き破ってしまう。そして、槍は弐号機の頭部へ真っ直ぐ突き刺さる。
「きゃぁぁぁーーー」
アスカは顔面に激痛を受けて絶叫する。活動限界の残り時間が〝0:00:00〟と表示される。弐号機が後ろに倒れ込む。弐号機の頭部に刺さった槍が地面に突き刺さる。弐号機は腕を垂らして、そのまま動かなくなってしまう。
「あぁぁぁーーー!」
アスカはパニックに陥り、操縦桿を滅茶苦茶に操作する。
「内蔵電源……終了。活動限界です。エヴァ弐号機……沈黙」
モニターに映し出された数字を見てマヤが悔しい顔をする。
「何これ? 倒したはずのエヴァシリーズが……」
弐号機が殲滅したはずの量産機が、奇妙なうなり声を上げて次々と蘇る。
「エヴァシリーズ……活動を再開」
量産機は羽を広げると、9体全機が揃い不適な笑みを浮かべた。
「とどめを刺すつもりか」
量産機は羽を使って空中に舞い上がると、一斉に弐号機に飛び掛かっていく。そして、動物を喰らうハゲタカのようにエヴァの体を貪っていく。量産機は、弐号機の拘束具を破壊し、エヴァの臓物を食い破る。
「う……うぅぅっ」
マヤはその状況に耐え切れなくなって、モニターから目を逸らす。
マコトがそれを見て「どうした!」と言った。
「もう見れません! ……見たくありません!」
マヤは、苦しそうな表情でモニターから目を背ける。
「こ、これが……弐号機?」
ノートパソコンのモニターに映し出された弐号機のステータス画面が次々と破壊されていく様を捕らえる。量産機に食い潰され、原型を失っていく弐号機。量産機は弐号機の臓器を咥えたまま空に飛び立ち、それを引きちぎる。
「うぅぅ……はぁぁ…………してやる……殺してやる…………殺してやる!」
苦しみ悶えるアスカは、腹部と左目を抑えながら復讐の念を燃やす。ロンギヌスの槍が突き刺さったままの弐号機の顔は、頭部の拘束具が外れてむき出しになっていた。半分肉がえぐれてゾンビのような状態の弐号機。アスカの念に共鳴して目に光が宿る。そして、エントリープラグ内のモニターが復活する。
「殺してやる……殺してやる……殺してやる」
アスカは左目を押さえながら右手を上げる。
「殺してやる……殺してやる……殺してやる……殺してやる……殺してやる」
弐号機がアスカに連動して、天空を旋回する量産機の群れの方へ手を掲げる。
「暴走か!」
マコトが警報が鳴り響くモニターに食い入る。
「アスカ……もうやめて!」
マヤは観測を放棄し、コンソールの下で膝を抱えながら震える。
「殺してやる……殺してやる……殺してやる……殺してやる……殺してやる」
その時、最後の執念で掲げたアスカの右手が突然左右に引き裂かれる。そして、空中から無数の槍が弐号機に突き刺さる。
「シンジ君っ! 弐号機が! アスカがぁ! アスカがぁぁぁ!!」
マヤの叫び声が、初号機のケージ内に響きわたる。シンジは膝を抱えたまま必死で体の震えを抑えようとする。
「だってエヴァにのれないんだ……どうしようもないんだ」
すると、硬化ベークライトに固められた初号機の腕が動き出し、シンジの座っていた足場を破壊する。まるで「乗れ」と言っているかのように、初号機は自分の腕でシンジの足場に橋を掛ける。
「母さん……」
その時、ターミナルドグマでリリスを見上げていたゲンドウがつぶやく。
「初号機が動き出したか」
目を光らせて起動したエヴァ初号機。NERV本部の建物を破壊し、十字の光が天を貫く。その光は、左右に分かれて光の羽へと変化する。
「エヴァンゲリオン初号機」
「まさに悪魔か!」
その光景を見て、陸地で待機していた戦自隊が驚く。
暗い荒野と化したジオフロントに突風が吹き荒れる。その中心に、光の羽を宿した初号機が佇む。シンジは初号機のエントリープラグの中に座っている。そして、覚悟を決めて顔を上げる。
「アスカ!」
しかし、シンジの目に飛び込んできたのは、量産機に食いちぎられて無残な肉塊に成り果てた弐号機の姿だった。むき出しになった脊髄、飛び出した眼球、はみ出した内臓、頭部からグロテスクな色の泡を吹き出した弐号機は、量産機に運ばれて空中を彷徨う。その壮絶な光景を目の当たりにしたシンジは発狂する。
「うわぁぁぁーーーっ! あぁぁぁーっ! うわぁぁぁぁぁぁーーーーーー!」
――つづく。
このシャシンを再び終局へと導いてくれた
スタッフ、キャスト、友人、そして5人の女性達に
心より感謝いたします
ありがとうございました
庵野秀明