太陽が山のふもとへと帰る頃。ブランコが揺れる風景。懐かしい歌が聞こえる。
「そうだ……。チェロを始めたときと同じだ。ここに来たら、何かあると思ってた」
幼い頃のシンジ。
「シンジくんもやりなよ!」
「頑張って完成させようよ! お城」
児童の声が聞こえる。
「……うん!」
シンジは砂の城を手で固める。
ブランコが揺れる景色。公園という舞台。シンジの隣で、人形が砂の城を見つめている。
「あ、ママだ!」
「帰らなきゃ! じゃあねぇー!」
児童がそう言うと、舞台の向こうにパイプ椅子に座っている女性が現れる。
「ママー!」
シンジの元から去っていく人形たち。舞台の切れ目を見に行ったシンジの足元には、高く組まれたパイプの土台が見える。もう一度砂場に戻って城を固めるシンジ。泣き出しそうになるのを必死でこらえる。
城が完成する。シンジは無言で城の前に立って、それを見下ろす。その城は、四つの面で出来た平坦な作りで、まるでピラミッドのような形をしている。シンジは、その城を踏み付けて壊していく。
「えい! えい! えぃ!」
幼いシンジは、砂の城を何度も何度も蹴って壊していく。城が崩れてただの砂の山に戻ると、シンジは蹴ることを止めて立ち尽くす。しかし、シンジはまた砂をかき集めて城を作り始める。
「つぁーもぉーーーっ! アンタ見てると……イライラすんのよぉっ!」
感情を露にしたアスカが目を見開く。
「自分みたいで?」
裸で仰向けになっているシンジがつぶやく。
「ママーッ!」
幼いアスカが泣きじゃくる。
「マ……マ……」
眠っているアスカが寝言を漏らす。
「ママ……」
膝を抱えたシンジがつぶやく。
シンジは血のついたミサトのペンダントを眺める。
「結局、シンジ君の母親にはなれなかったわね」
ミサトの声がする。
かつての加持の部屋。
「ねえ……ねえ……しよう?」
「またかぁ、今日は学校で友達と会うんじゃなかったっけ?」
「ん? あーリツコね。いいわよ……まだ時間あるし」
甘い声で加持を誘うミサト。
「もう一週間だぞ。……ここでゴロゴロし始めて」
「だんだんね。コツがつかめてきたの。だからぁー。ねェ」
「っっん」
「多分ねぇー。自分がここにいることを確認するために……こういうことするの」
そこには、二人の行為を傍らで傍観するシンジの姿があった。
「バッカみたい! ただ寂しい大人が慰めあってるだけじゃないの」
アスカの声が聞こえる。
「身体だけでも、必要とされてるものね」
リツコの声が聞こえる。
「自分が求められる感じがして、嬉しいのよ」
ミサトの声が聞こえる。
「イージーに自分にも価値があるんだって思えるものねぇ。それって」
アスカの声が聞こえる。
「これが……。こんなことしてるのがミサトさん?」
シンジは顔をしかめて視線を鋭くする。その手には、ミサトのペンダントが置かれている。
「そうよォ。これもワタシ。お互いに溶け合う心が写し出す、シンジくんの知らない私。本当のことは結構、痛みを伴うものよ。それに耐えなきゃね」
「あーあっ。私も大人になったらミサトみたいなコト……するのかなぁ?」
アスカがぶっきらぼうに言ってみせる。
「ねぇ。キスしようか?」
いつかの二人きりの部屋のアスカが、シンジに向かって言った言葉。
扉の影から姿を現したミサトが「ダメっ!」と言う。
「それとも怖い?」
アスカは椅子の背もたれに肘をついてシンジに聞く。
服を着替えながら「子供のするもんじゃないわ」とミサトが言う。
「じゃ、いくわよ」
アスカはシンジの方へ歩いて近づいて行く。
「何も判ってないくせに、私のそばに来ないで」
シンジの正面に立ったアスカは、表情を強張らせてシンジに言う。
「判ってるよ……」
シンジは自信の無い声をもらす。
「判ってないわよ……バカ!」
そう言って、アスカはシンジの足を蹴飛ばす。
「あんた私のこと分かってるつもりなの? 救ってやれると思ってるの? それこそ傲慢な思い上がりよ! 判るはずないわ!」
アスカは、声を濁らせてシンジを罵倒する。
「判るはずないよ。アスカ何も言わないもの。何も言わない。何も話さないくせに。判ってくれなんて、無理だよ!」
シンジは内面で反論する。
「碇くんは判ろうとしたの?」
レイが尋ねる。
「判ろうとした」とシンジは言う。
「バーカ! 知ってんのよ、アンタは私をオカズにしてること。いつもみたくやってみなさいよ。ここで観ててあげるから。あんたが、全部私のものにならないなら。私……何もいらない」
電車の中で、アスカはシンジの座った椅子に足を乗せて問い詰める。
「だったら僕にやさしくしてよ!」
シンジは自信の無い表情でアスカを見上げる。
「やさしくしてるわよ」
ミサト、アスカ、レイ、三人の姿が重なる。
「ウソだ! 笑った顔でごまかしてるだけだ。曖昧なままにしておきたいだけなんだ!」
シンジが自分の考えに篭ろうとする。
「本当のことは皆を傷つけるから。それは、とてもとてもツライから」
レイの声が聞こえる。
「曖昧なものは……僕を追いつめるだけなのに」
「その場しのぎね」
レイが感情の入っていない口調で答える。
「このままじゃ怖いんだ。いつまた僕がいらなくなるのかも知れないんだ。ザワザワするんだ……落ち着かないんだ……声を聞かせてよ! 僕の相手をしてよ! 僕に構ってよ!」
塞ぎこむシンジの後ろに、アスカ、レイ、ミサトが立っている。シンジは、自分が言い放った後の無言の空気に気づいて、とっさに振り返る。
ミサトの家のキッチンで、アスカがテーブルの上に突っ伏して落ち込んでいる。
「何か役に立ちたいんだ。ずっと一緒にいたいんだ」
シンジは後ろから回り込んでアスカに近づく。
「じゃあ、何もしないで。もうそばに来ないで。あんた私を傷つけるだけだもの」
「あ、アスカ助けてよ……。ねぇ、アスカじゃなきゃダメなんだ」
そう言ってシンジはアスカに言い寄る。
「ウソね」
アスカがシンジを睨みつける。
「あんた、誰でもいいんでしょ! ミサトもファーストも怖いから、お父さんもお母さんも怖いから! 私に逃げてるだけじゃないの!」
アスカは、椅子から立ち上がるとシンジに詰め寄って追い掛け回す。
「助けてよ……」
アスカの気迫に負けて、シンジは後ずさりする。
「それが一番楽でキズつかないもの!」
アスカは鋭い目つきで見据えながらシンジの後を追う。
「ねぇ、僕を助けてよ」
シンジは困惑した表情で助けを求める。
「ホントに他人を好きになったことないのよ!」
アスカは、大声を上げてシンジの胸を突き飛ばす。その反動で、シンジはコーヒーメーカーを巻き込んで倒れる。コーヒーが床に飛び散り湯気が吹き上がる。ペンペンは物陰からその様子を見守っている。
「自分しかここにいないのよ。その自分も好きだって感じたことないのよ」
床に転がったシンジが身を縮める。
「哀れね」
アスカは呆れた表情でシンジを見下ろす。
「たすけてよ……。ねぇ……。誰か僕を……お願いだから僕を助けて」
シンジは力なくうなだれたまま、ゆっくりと立ち上がる。
「助けてよ……。助けてよ……。僕を、助けてよォ!」
シンジはテーブルに手を掛けるとひっくり返して暴れ始める。家じゅうに大きな音が響いてペンペンが驚く。
「一人にしないで!」
シンジは椅子を投げ飛ばして叫ぶ。
「僕を見捨てないで! 僕を殺さないで!」
両手で椅子持ち上げて床に叩き付ける。
「……はぁ……はぁ」
シンジは肩で息を切らせて膝をつく。
「イ・ヤ」
アスカは冷たい目でシンジを見下ろす。
突然、シンジは逆上すると、アスカの首に手を掛ける。そして、力を込めて絞め上げる。
レイの首を絞める赤木ナオコ。幼いころのシンジが描いた絵。様々な映像が、走馬灯のように駆け巡る。
「誰も判ってくれないんだ……」とシンジが言う。
「何も判っていなかったのね」とレイは言う。
「イヤな事は何もない、揺らぎのない世界だと思っていた……」とシンジが言う。
「他人も自分と同じだと、一人で思い込んでいたのね」とレイは言う。
「裏切ったな! 僕の気持ちを裏切ったんだ」とシンジが言う。
「最初から自分の勘違い。勝手な思い込みにすぎないのに」とレイは言う。
「みんな僕をいらないんだ……。だから、みんな死んじゃえ!」とシンジが言う。
「でも。その手は何のためにあるの?」とレイは言う。
「僕がいても、いなくても、誰も同じなんだ。何も変わらない。だからみんな死んじゃえ」とシンジが言う。
「でも。その心は何のためにあるの?」とレイは言う。
「むしろ、いないほうがいいんだ。だから、僕も死んじゃえ!」とシンジが言う。
「では、なぜここにいるの?」とレイは言う。
シンジは不安そうな声色で伺う。
「……ここにいてもいいの?」
(無言)
「ひっ……ひっ…………うわぁぁぁぁぁぁーーーーーーっっっ!!」