ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序のストーリーとセリフ / EVANGELION:1.01 YOU ARE (NOT) ALONE.

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 タイトル

 砂浜に打ち寄せる波。青い空。蝉の鳴き声。それは「夏」という一言で表現できる一日だった。しかし、第3新東京市の光景は、かつての日常からは遠く離れたものになっていた。海は赤く染まり、街は崩壊した建物の残骸が無数に転がっていた。海岸線沿いの道路には戦車がひしめき、じっと海を睨んでいる。そして一年中が夏だった。

 第3新東京市に上京した碇シンジは、葛城ミサトと待ち合わせるために公衆電話の前に立っていた。
『現在、特別非常事態宣言発令中のため、全ての回線は不通となっております』
 受話器の向こうで音声ガイダンスが流れた後、その通話は自動的に切れた。
「あっ、だめか。携帯も圏外のままだし、バスも電車も止まったままだし……」
 シンジは神妙な面持ちで足元に置いたボストンバッグを持ち上げる。
「待ち合わせは無理か。しょうがない、シェルターに行こう」
 シンジはミサトが笑顔でピースサインを送っている写真に目を落としてから、時計を確認して予定を変更する。
「……んっ?」
 シンジは、ふと人の気配を感じて向かいの道路へ目を向けた。
 そこには、制服を着た青い髪の少女が立っていた。電線に止まっていた鳥の群れが一斉に羽ばたく。その音に気をとられて視線を逸らしたシンジは、もう一度少女のいた方へ目を向ける。すると、さっきまで人の気配があった場所には、もう誰もいなくなっていた。
 次の瞬間、激しい衝撃波がシンジを襲う。シャッターが軋む。電線が空を切って揺れる。シンジは、思わず耳を塞いで立ち尽くす。その時、シンジは何かが近づいてくる音に気づいて振り向いた。
 シンジが山の方を見ると、国連軍の垂直離着陸型攻撃機が次々と空中を後退していく様子が見えた。それに続いて忍び寄る足音。そして、攻撃機に続いて現れたのは、山のふもとに立つビルよりも背の高い二足歩行の巨人だった。攻撃機は、足音の主の周りを取り囲むようにして空中を固める。シンジのいる市街地を抜けてミサイルが発射される。ミサイルは弧を描いて旋回しながら、巨人に次々と命中する。巨人が爆炎に包まれると、高熱の爆風が街に広がり、停車中の電車が融解した。
「目標に全弾命中!」
 しかし、巨人にはミサイル攻撃が全く通じなかった。パイロットが手ごたえを確認する間もなく、巨人は手の先から光の槍を伸ばして攻撃機を貫く。
「うわっ!」
 錐もみ状態で墜落した機体が、シンジのすぐ傍へと落下する。巨人は頭上に光の輪を宿して空へ上昇すると、墜落した攻撃機を片足で踏み潰していく。ひしゃげた機体が発火し爆発を引き起こす。シンジは身を縮めてそれを避けようとする。その時、爆風に巻き込まれそうになったシンジの前に、車のスリップ音が鳴り響く。
「ごーめんっ、お待たせっ!」
 シンジが顔を上げると、サングラスを掛けたミサトが、車のドアを開けて迎える姿が目に映った。攻撃機が巨人に対して一斉射撃を開始する。巨人の体は、みるみるうちに爆炎に包まれていく。ミサトはギアをバックに入れて、素早くハンドルを回すと、危険を回避するべく車を急発進させる。

 国連軍の幹部たちは、第1発令所の巨大主モニターを食い入るようにして見ていた。
「目標は、依然健在。現在も、第3新東京市に向かい侵攻中」
「航空隊の戦力では、足止めできません!」
 オペレーターが悲観的な状況を報告する。
「総力戦だ。後方第4師団を全て投入しろ!」
「出し惜しみを出すな!なんとしてでも目標をつぶせ!」
 幹部たちは身を乗り出し、拳を握り締めて指示を飛ばす。
 国連軍は、巨人に対して地上からも砲撃の雨を浴びせる。戦闘機が大型の爆弾を投下し、巨人の至近距離で炸裂する。それでも巨人は無傷のまま立っていた。
「何故だ!直撃のハズだ!」
 幹部の一人が机を叩く。大量のタバコの吸殻が乗った灰皿が音を立てて揺れる。
「戦車大隊は壊滅。誘導兵器も砲爆撃もまるで効果なしか……」
 幹部の一人が腕を組んで奥歯を噛み締める。
「駄目だ!この程度の火力では埒があかん!」
 机を叩いた幹部が、もう一度机に拳を振り下ろす。
「やはりA.T.フィールドか」
 特務機関NERV副司令官・冬月コウゾウは司令席の傍らで主モニターに映る巨人を見てつぶやく。
「ああ。使徒に対し通常兵器では役に立たんよ」
 特務機関NERV最高司令官・碇ゲンドウは、司令席に肘をついて顔の前で手を組みながら、狼狽する幹部たちを静観していた。
 その時、国連軍の幹部の下へ緊急用の電話が入る。
「分かりました。予定通り、発動いたします」
 幹部が背筋を正して電話を受けた。

 使徒は2つの山が形成する谷間へと足を進めて行く。使徒が予定通りの場所へ到達すると一斉に身を引く空中の攻撃機。ミサトは、車を止めて助手席の窓から身を乗り出して戦況を見定めていた。シンジは、身を乗り出したミサトの胸に押しつぶされそうになる。双眼鏡で国連軍の動きを観測していたミサトは、次に起ころうとしている事態を察知する。
「ちょっとまさか……N2地雷を使うわけ!?」
 驚いたミサトは、シンジの頭を抱えて車のシートへ身を沈める。
「伏せてっ!」
 次の瞬間、激しい爆発が起こり、山の向こうに巨大な火柱が立ち上がる。国連軍は、戦略自衛隊が誇る最強の破壊兵器を使用したのだった。

「やったっ!」
 第1発令所で歓喜を上げる国連軍の幹部たち。
「残念ながら君達の出番は無かったようだな」
 幹部は立ち上がってゲンドウたちの方を見る。

「衝撃波、来ます」
 オペレーターの報告が入った直後に、主モニターは砂嵐の映像になる。

「大丈夫だった?」
 爆風に吹き飛ばされた車を這い出したミサトは、シンジの無事を確認する。
「ええ。口の中がシャリシャリしますけど……」
 山が削られて飛散した土砂の上に、ミサトの車が横倒しになっている。
「そいつぁ結構。それじゃ、いくわよおっ!」
 ミサトの合図で、シンジは車の天井に背中を付けて体重を掛ける。
「せーのっ!よっ……っしゃぁ」
 二人は力を込めて車を押した。少しずつ傾いた車体は、遂にタイヤを地面に着地させることができた。
「……ふぅ、どうもありがとっ。助かったわ」
 ミサトは両手に付いた砂埃を払いながらシンジの方を見る。
「いえ、僕のほうこそ。葛城さん」
 シンジはミサトを見て言う。
「ミサト、でいいわよ。改めてよろしくね!碇シンジ君」
 ミサトはサングラスを外して自己紹介をする。
「はい」
 シンジは少年らしい表情で答える。

 発令所内では、国連軍の幹部が結果を心待ちにしていた。
「その後の目標は?」
「あの爆発だ、ケリはついている」
 砂嵐の映像を見つめる幹部たち。
「映像、回復します」
 オペレーターの報告で主モニターの映像が復活する。
「うおっ?!」
 炎の中に浮かび上がる使徒の姿を見て驚く幹部。
「我々の切り札が……」
「本当に……なんてことだ……」
 立ち上がった幹部が力無く椅子へ座り込む。
「ばっけものめぇっ!」
 幹部の一人が机を叩く。

 NERVに到着したミサトの車が地下行きの貨物列車に乗り込む。
『ゲートが閉まります。ご注意ください』
 アナウンスが流れると、自動で重い扉が閉まる。
「特務機関ネルフ?」
 貨物列車に乗った車内でシンジはミサトに尋ねる。
「そ。国連直属の非公開組織」
 ミサトはハンドルに両手を乗せてシンジの方を見る。
「父のいる所ですね……」
 シンジは声のトーンを下げる。
「まねー。お父さんの仕事、知ってる?」
 ミサトの言葉に反応してシンジは表情を曇らせる。
「人類を守る大事な仕事だと、先生からは聞いてます」
 貨物列車の作動準備が終わり発車のベルが鳴る。

 使徒の殲滅を諦めた国連軍の幹部たちは、NERVに結果を委ねる。
「今から本作戦の指揮権は君に移った。お手並みを見せてもらおう」
「了解です」
 幹部たちを見てゲンドウが答える。
「碇君、我々の所有兵器では、目標に対し有効な手段が無いことは認めよう。だが、君なら勝てるのかね?」
 幹部の一人が、ゲンドウを見据えて嫌味を言う。
「そのためのNERVです」
 ゲンドウは左手で眼鏡を上げると、自信のある表情を覗かせる。

「これから父のところへ行くんですか?」
 下降を続ける貨物列車の中で、シンジは車のダッシュボードに目を落とす。
「ええ、そうなるわね」
 ミサトは携帯を閉じて顔を上げる。
「……父さん……」
 シンジの中で、幼い頃の記憶が蘇る。
「あっ、そうだ。お父さんから、ID貰ってない?」
 ミサトの声にはっとして、シンジはバッグの中を漁る。
「あっはい!……どうぞ」
 シンジは、クシャクシャになった紙をミサトに手渡す。紙にはゲンドウが殴り書きした『来い!』というメッセージが書かれていた。IDカードは、その紙の端にクリップで留められている。
「ありがと。じゃ、これ読んどいてね」
 そう言って、ミサトは『ようこそNERV江』というパンフレットをシンジに手渡す。
「ネルフ……」
 シンジは、手渡された資料の表紙をじっと見つめる。
「(父さんの仕事……)」
 シンジは、考え込むのを止めて、ミサトに話を振る。
「なんかするんですか、僕が。……そうですよね。用が無いのに父が僕に手紙をくれるはず、無いですよね」
「そっか、苦手なのね、お父さんのこと。……あたしと同じね」
 ミサトは、シンジの態度を見てその内面を察する。
「えっ?」
 シンジは、意外な言葉に驚いてミサトを見る。その時、暗いトンネルを抜けて貨物列車が広い空間へ飛び出す。
「……すごいっ!本当にジオフロントだ!」
 目の前に広がる景色を見て素直に驚くシンジ。貨物列車の走る線路は、空中に掛かる橋のように高い高い場所から地下へと続いていた、眼下には、広大な空間が広がり、湖や森林が見える。天井からは無数のビル郡が突き出し、採光窓からは太陽の光が差し込んでいる。
「そう、これが私たちの秘密基地、ネルフ本部。世界再建の要、人類の砦となるところよ」
 ミサトは窓の外に釘付けになるシンジを見て説明する。

 貨物列車の執着地点に到着したミサトとシンジは、エレベーターに乗って更に地下深くへと降りて行く。地下8-30を過ぎた辺りで到着のベルが鳴る。エレベーターのドアが開くと、一人の女性が中へ乗り込んで来る。
「うっ、あらリツコ……」
 ミサトは気まずそうな表情で白衣姿の女性に声を掛ける。
「到着予定時刻を12分もオーバー。あんまり遅いから迎えに着たわ。葛城二佐。人手もなければ、時間も無いのよ」
 その女性は、毅然とした態度でミサトを責める。
「ごめんっ!」
 ミサトは右手を立ててサッと顔の前に出すと、腰をかがめて彼女の機嫌を取る。
「ふぅ……」
 いつもの事で仕方がないわねという風にして、肩の力を抜く白衣の女性。
「……例の男の子ね」
 その女性は、一息つくとシンジの方を見る。
「そ」
 ミサトはシンジの方を見て腕を組む。
「技術局第一課・E計画担当責任者・赤木リツコ。よろしくね」
 リツコは、白衣のポケットに手を入れたままシンジに自己紹介をする。
「あっ、は……はい」
 資料を読んでいたシンジは、さっと顔を上げてリツコを見上げる。

 第1発令所のゲンドウは、小さなエレベーターに立って冬月の方を見る。
「では、後を頼む」
 そう言ってゲンドウは地下へと降りて行った。
「3年ぶりの対面、か……」
 冬月は、感慨深い表情でゲンドウを見送る。

 真っ暗な空間にシンジを案内したリツコは、照明のスイッチを入れる。
「碇シンジ君、あなたに見せたいものがあるの」
 明りがつくと、シンジの目の前に巨大なロボットの顔が浮かび上がる。その空間は巨大なプールに浮橋が掛けられていて、ロボットは肩から上を水面から出している状態で立っていた。
「う、うわぁっ!」
 シンジは、ロボットの顔を見て驚く。
「人の作り出した、究極の汎用人型決戦兵器・人造人間エヴァンゲリオン。その初号機。我々人類の、最後の切り札よ」
 シンジの横に並んでリツコが説明する。
「これも父の仕事ですか」
 シンジは不安な表情を少し強張らせる。
「そうだ」
 シンジたちのいる空間にゲンドウの声が響く。
「……久しぶりだな」
 シンジが上を見上げると、高い位置に設置されたコントロールルームのガラス窓から、ゲンドウがシンジを見下ろしていた。
「父さん……」
 シンジはゲンドウから目を逸らす。
「ふっ。……出撃」
 ゲンドウは不敵な笑みを浮かべて、何の前触れも無く出撃を命ずる。
「出撃!?零号機は凍結中でしょ!?……まさか、初号機を使うつもりなの!?」
 ミサトは、ゲンドウの言葉を聞いてリツコに詰め寄る。一瞬初号機の方を見てから、自分が知っている話の流れとは違うことに困惑して表情を曇らせる。
「他に道は無いわ」
 リツコは、出撃は想定済みだったと言わんばかりの態度を見せる。
「碇シンジ君?」
 リツコはシンジの方を見る。
「はい」
 シンジは突然名前を呼ばれて顔を上げる。
「あなたが乗るのよ」
 リツコは鋭い視線をシンジに向ける。
「え?」
 シンジは、突然突きつけられた現実を理解できずに、目の前にある初号機を見て立ち尽くす。
「父さん、なぜ呼んだの?」
「お前の考えている通りだ」
 ガラスの向こうでポケットに手を入れて立っているゲンドウが、シンジを見下ろす。
「じゃあ、僕がこれに乗って、さっきのと戦えって言うの?」
 シンジは下を向いたまま肩をすくめる。
「そうだ」とゲンドウが即答する。
「嫌だよそんなの!何を今更なんだよ!父さんは、僕が要らないんじゃなかったの?」
 シンジは目に涙を浮かべながら、反抗的な顔をゲンドウに向ける。
「必要だから呼んだまでだ」
 ゲンドウは淡々とした口調で話続ける。
「なぜ、僕なの?」
 シンジは、自信を弱めて声色を落とす。
「他の人間には、無理だからな」とゲンドウは言い切る。
「無理だよそんなの!見たことも聞いたことも無いのに、出来るわけ無いよ!」
 シンジは、床に視線を落として声を震わせる。
「説明を受けろ」
 ゲンドウは、言い訳を一切受け付けないという態度を続ける。
「そんな……。できっこないよ!こんなの乗れる訳無いよぉっ!」
 シンジは、ぎゅっと目をつむって言葉を吐き出す。
「乗るなら早くしろ。でなければ、帰れ!」

 使徒の放った光線がジオフロント内部を揺らす。揺れに気づいたゲンドウは天井を見て「奴め、ここに気付いたか」とつぶやく。
『第1層・第8装甲版、損壊』
 使徒が放った第二波の影響を報告するオペレーターの音声が流れる。リツコは、シンジの方を見据えて決断を迫る。
「シンジ君、時間が無いわ」
『Dブロック各所にて火災発生。指定域内の全通路を緊急閉鎖』
 シンジは思い悩んで言葉を失う。自分ではどうしていいのか分からずに、助けを求めるような表情でミサトを見る。
「乗りなさい」
 事態を把握したミサトは、腕を組んでシンジに指示する。
「嫌だよ……せっかく来たのに、こんなの無いよっ!」
 ミサトにまで撥ね付けられたシンジは、再度下を向いてしまう。
「シンジ君、何のためにここに来たの?だめよ逃げちゃ。お父さんから、何よりも自分から」
 ミサトは、少し腰を屈めてシンジに目線を合わせる。シンジは、ミサトの目から逃げるように横を向く。
「分かってるよ、でも、出来るわけ無いよっ!」
 決心しないシンジを見たゲンドウは、モニター越しに冬月を呼ぶ。
「冬月、レイを起こしてくれ」
「使えるかね?」
 冬月はゲンドウの意図を察するが、念のため確認を取る。
「死んでいるわけではない」
「分かった」
 冬月がモニターの前から姿を消すと、別の画面に切り替わる。ゲンドウは音声のみになったモニターに話しかける。
「レイ……」
「はい」
 ゲンドウが呼びかけると、モニターから少女の声が聞こえる。その声は、細く平坦で冷たいというような、感情の純度が極めて低いものだった。
「予備が使えなくなった。もう一度だ」
「はい……」
 そしてその声は、ゲンドウの指示に驚くほど素直だった。

「初号機のコアユニットを、L-00タイプに切り替えて、再起動!」
 リツコは作戦の変更に備えてオペレーターに指示を回す。
「了解、現作業を中断、再起動に入ります」
 オペレーターの一人、伊吹マヤがそれに応じる。
「(やっぱり僕は、要らない人間なんだっ……!)」
 シンジは、慌しくなった周りの大人たちに置いていかれるようにして孤立する。すると、奥のドアが開き、移動式のベッドに乗せられて少女が運び込まれる。その青髪の少女は、シンジと同じ中学生くらいの年齢で、細く、透き通るような白い肌をしていた。シンジは、彼女を見て驚く。なぜなら、左手に点滴、右目に眼帯をして、どう見ても怪我人の格好をしていたからだ。
「くっ……!はぁっ、はぁっ!」
 自力で起き上がろうとするが、苦しそうな表情を見せる少女。
 その時、またしても使徒の攻撃がジオフロントを襲う。使徒が放った光線は、ジオフロントの天井に張られた装甲を貫き、収納されていた第3新東京市ビル郡を破壊する。破壊された建物が瓦礫となり、NERV本部へ雨のように降り注ぐ。その衝撃で、NERV本部を大地震並の揺れが襲う。
「きゃぁっ」
 大きな揺れでベッドが倒れ、床に転げ落ちる少女。
「大丈夫ですかっ!?」
 シンジは少女の下へ駆け寄って行く。その光景を見つめながら、ゲンドウは不敵な笑みを浮かべる。
「くぅっ!」
 少女は、体の痛みに耐えながらも、苦痛の表情を浮かべる。シンジは、少女の苦しむ姿を目の当たりにして、自分の置かれた状況と向き合う。背後に立っている初号機を振り返って確認する。自分の手を見ると、少女の流した血が付いていた。それを見たシンジは、ぎゅっと目をつむって自分に言い聞かせる。
「(逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだっ!)」
 シンジは、決意を固めて顔を上げると「やります、僕が乗ります!」と言ってゲンドウを見た。

 初号機の発進準備が着々と進められ、メカニックが作業の進捗状況を伝える。初号機のケージから発令所に戻ってきたミサトとリツコがモニターを見守る。
『第3次冷却、終了』
『フライホイール、回転停止。接続を解除』
『補助電圧に問題なし』
「停止信号プラグ、排出終了」
 マヤはモニター越しに状況を確認する。
『了解、エントリープラグ挿入。脊髄連動システムを解放、接続準備』
『探査針、打ち込み完了』
『精神汚染計測値は基準範囲内。プラス02から、マイナス05を維持』
「インテリア、固定終了」
 マヤは、シンジが乗り込んだエントリープラグが無事に固定されたことをリツコに報告する。
「了解。第一次コンタクト」
 それを受けてリツコが指示を出す。
「エントリープラグ、注水」
 マヤは次の段階に作業を進める。
「うわっ、何ですか!?これ!あっ、あぁっ!」
 コックピットの中がオレンジ色の液体で満たされていく。シンジは、みるみるうちに液体に包まれ、思わず息を止める。
「大丈夫、肺がL.C.L.で満たされれば、直接血液に酸素を取り込んでくれます。すぐに慣れるわ」
 リツコは、マヤの後ろに立ってモニター越しにシンジを落ち着かせようとする。
『主電源接続接続完了』
「了解」とリツコが言う。
「第2次コンタクトに入ります。インターフェイスを接続。A10神経接続、異常なし」
 マヤが報告を続ける。
『L.C.L.転化状態は正常』
「思考形態は、日本語を基礎原則としてフィックス。初期コンタクト、全て問題なし」
 シンジの乗ったコックピットから見える景色が移り変わり、正常に目の前の映像が映し出される。
「コミュニケーション回線、開きます。ルート1405まで、オールクリア。シナプス計測、シンクロ率41.3%」
 マヤは、モニターに送られてくるデータを読み上げる。
「プラグスーツの補助も無しに?すごいわね」
 エヴァに初めて乗るシンジの出した数値を見てリツコが驚く。
「ハーモニクス、すべて正常値。暴走、ありません」
 モニターを見つめながらマヤが告げる。
「いけるわ!」
 リツコは、後ろに立っているミサトの方に振り向いてゴーサインを出す。
「発進準備!」
 それを聞いてうなずいたミサトは号令を掛ける。

『発進準備!』
 初号機の体を満たしていたプールの液体が抜かれて水位を下げていく。
『第1ロックボルト外せ!』
『解除確認』
『アンビリカルブリッジ、移動開始!』
 初号機を固定していた巨大な橋が、モーター音を鳴らしながら移動を始める。
『第2ロックボルト外せ!』
『第1拘束具、除去。同じく、第2拘束具を除去』
 初号機の肩から腕にかけて固定していた壁のような機械がスライドを始める。
『第1番から15番までの、安全装置を解除』
『解除確認。現在、初号機の状況はフリー』
 これまで初号機を固定していた器具が全て外され、エヴァンゲリオンの体が現れる。
『外部電源、充電完了。外部電源接続、異常なし』
「了解、EVA初号機、射出口へ!」
 初号機を乗せたブリッジがゆっくりとスライドして、発射場所へと運んでいく。
『各リニアレールの軌道変更問題なし』
『電磁誘導システムは正常に作動』
『現在、初号機はK-52を移動中』
『射出シーケンスは、予定通り進行中』
『エヴァ、射出ハブターミナルに到着』
 初号機が発射台に到着すると、射出口のドアが開いていく。
「進路クリアー、オールグリーン」
 マヤがモニターのステータスを確認する。
「発進準備完了!」
 リツコが最終的な確認を取る。
「了解。……構いませんね?」
 ミサトは後ろの司令席へ戻ったゲンドウの方を振り返る。ゲンドウは机に肘を付いて顔の前で手を組み、落ち着き払った態度で答える。
「もちろんだ。使徒を倒さぬ限り我々に未来は無い」
「碇。本当にこれで良いんだな?」
 ゲンドウの傍らに立っていた冬月が念を押す。ゲンドウは、無言のまま不敵な笑いを浮かべる。ミサトは主モニターの方へ向かいなおすと、大声で号令を掛ける。
「発進!」

 ミサトの合図と共に、射出口内を急上昇で通り抜ける初号機。コックピット内のシンジは、上昇スピードによって発生した強烈な重力に耐える。使徒が市街地の大きな道路へ歩み出たところで、正面の射出ゲートが開き、EVA初号機が地上に姿を現す。
「良いわね、シンジ君」
 ミサトは、地上に出たシンジに声を掛ける。
「はい」
 シンジは、決心を固めた表情で前を見据える。
「最終安全装置、解除!エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!」
 ミサトの合図で、エヴァが射出ブリッジから体を離す。
「シンジ君、今は歩くことだけを、考えて」
 リツコは、ゆっくりと動き出した初号機に向かって声を送る。
「(歩く……)」
 シンジは、意識を集中させて初号機の足を前に出そうとする。初号機の巨大な足がアスファルトを踏みしめる。その衝撃でビルの窓ガラスが割れる。
「歩いた!」
 リツコは、モニターに映った初号機を見て身を乗り出す。
「(歩くっ!)」
 シンジが二歩目を踏み出した次の瞬間、初号機は足をもつれさせて正面から転倒してしまう。顔面を強打し、うつ伏せに倒れこむ。シンジが痛みに耐えて顔を上げると、目の前に使徒が迫って来る姿が見えた。
「シンジ君、しっかりして!早く、早く起き上がるのよ!」
 ミサトが今の状況に危機感を募らせる。
「うわぁっ!」
 使徒は初号機の頭に掴みかかると、力ずくで持ち上げる。そして腕を掴むと、力で折り曲げようとする。
「シンジ君、落ち着いて!掴まれたのはあなたの腕じゃないのよ!?」
 シンジの神経に痛みが襲い掛かる。ミサトが腕を抑えて苦しむシンジを説得しようとする。
「エヴァの防御システムは?」
 リツコがマヤに確認を取る。
「シグナル、作動しません!」
 マヤはモニターを見つめながら報告する。
「フィールド、無展開!」
 オペレーターの日向マコトが声を上げる。
「だめか!」
 リツコは主モニターに映る初号機に目を向ける。ついに初号機の腕は、使徒の力に負けて折れてしまう。シンジは驚愕して言葉を失う。
「左腕損傷!」
 マヤが早急に事態を伝える。
「回路断線!」
 マコトがその状態を補足する。
 使徒は初号機の頭部を鷲掴みにすると、手から光線状の槍を放った。
「シンジ君避けてっ!」
 顔を掴まれた初号機は避けられるはずもなく、ミサトが声を上げた時には既に間に合わない状態だった。
「う、うわぁぁっ!」
 目を押さえて苦しむシンジ。使徒は、光線状の槍を何度も何度も打ち付ける。至近距離からダメージを与えられ、シンジのいるコックピットのモニターに亀裂が入り始めた。
「頭蓋前部に亀裂発生!」
 マヤが初号機の状態を報告する。
「装甲がもう持たない!」
 リツコは主モニターを見て立ち尽くす。
 使徒の槍は、初号機の頭部を貫通すると、そのまま押し出して遠くのビルへと激突させた。使徒の槍が引き抜かれると、初号機は力なく首をうなだれて動かなくなってしまう。それと同時に、貫通した槍の傷口から大量の液体が噴出する。
「頭部破損、損害不明」
 オペレーターの青葉シゲルのモニターに非常事態を告げる警告が表示される。
「活動維持に、問題発生!」
 マヤが事態を告げる。
「状況は!?」
 マヤの後ろに立っているリツコが、肩越しにモニターを見る。
「シンクログラフ反転、パルスが逆流しています!」
 マヤが硬い表情でモニターを見つめる。
「回路遮断、せき止めて!」
 リツコが素早く指示を出す。
「駄目です、信号拒絶、受信しません!」
 マヤのモニターは、次々と断線していく回路図を表示する。
「シンジ君は?!」
 ミサトは、マコトに向かってパイロットの状態を確認する。
「モニター反応なし。生死不明!」
 マコトは、楽観視できない状況を伝える。
「初号機、完全に沈黙」
 シゲルが最後通告を出す。
「ミサト!?」
 リツコは振り返りミサトを見る。
「ここまでね……。作戦中止、パイロット保護を最優先!プラグを強制射出して!」
 ミサトは奥歯を噛み締めて決断を下す。しかし、マヤの報告によってそれは防がれてしまう。
「駄目です、完全に制御不能です!」
「なんですって!?」
 ミサトはシンジの身を案ずる。その時、完全に沈黙したはずの初号機の目に光が戻る。
「エヴァ再起動……そんな、動けるはずありません!」
 マヤが信じられないといった面持ちで主モニターの方を見る。
「まさか……!」
 通常ではありえない事態を眼の前にしてミサトが声を漏らす。
「暴走……」
 リツコは息を飲む。
 再起動した初号機が雄叫びを上げる。そして、体制を低く構えた初号機は、勢いを付けて高く飛び上がると、膝から使徒に体当たりを仕掛ける。
「勝ったな」
 その光景を見た冬月は確信を口にする。
 一旦使徒から離れた初号機は、地上を駆け抜け、一気に間合いを詰める。再び至近距離まで近づかれた使徒は、初号機に対してA.T.フィールドを展開して侵入を防ごうとする。
「A.T.フィールド!」
 リツコはモニターに映る光景を注視する。
「駄目だわ、A.T.フィールドがある限り……」
 使徒のA.T.フィールドに跳ね返される初号機を見てミサトが言う。
「……使徒には接触できない!」
 リツコが半ば諦めかけたとき、初号機は折られた左腕を自力で再生させてしまう。
「左腕復元!」
 シゲルが報告を入れる。
「すごい!」
 ミサトは、ただ驚くことしかできなかった。
「初号機もA.T.フィールドを展開、位相空間を中和していきます!」
 初号機は、使徒の前に展開されたA.T.フィールドの壁を、両手で掴んでこじ開けようとする。その状況を観測したデータを見てマヤが報告を入れる。
「いえ、侵食しているんだわ……」
 リツコは主モニターの映像に釘付けになる。初号機は使徒のA.T.フィールドを完全に引き裂いて間合いを詰めようとする。それを見たミサトが驚く。
「あのA.T.フィールドをいとも簡単に……!」
 初号機に迫られた使徒が、目から光線を照射して応戦する。巨大な十字架の炎が市街地に伸びる。
「エヴァは!?」
 爆炎に巻き込まれた初号機の状態を、ミサトが確認する。
 使徒の放った攻撃は、初号機に全く効果を示さなかった。無傷の初号機は、間合いを詰めると、使徒の腕を取っていとも簡単にへし折ってしまう。使徒を蹴り飛ばすと、馬乗りになってその体を破壊していく。追い込まれた使徒は、突然体を変形させると、初号機に巻きついて自爆を決行する。その瞬間、巨大な爆発が起こり、十字架の火柱が空高くまで立ち上る。
「エヴァは……?」
 ミサトが生存者の確認を促す。鳴り響く爆発音。水を打ったように静まり返る発令所。
 爆風によって立ち上がった煙が徐々に晴れていく。凄まじい爆風にも耐え、粉塵の影から帰還を果たす初号機の姿が確認される。リツコは、モニターに映し出された光景を見て息を飲む。
「あれがエヴァの……」
 ミサトは今まで自分が知らなかったエヴァの本性を知ることになる。
「本当の姿……」