ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Qのストーリーとセリフ / EVANGELION:3.0 YOU CAN (NOT) REDO.

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q タイトル

 その日、地球の遥か上空に位置する宇宙空間で、ある極秘の軍事作戦が行われようとしていた。ノイズの膜に被われた音声が、電波に乗って真空の暗闇を飛び交う。その声は、任務の中核を担う一人の少女の耳に届いていた。

『追跡班、両機の現在位置を報告』
『ポッド・ツー・ダッシュ、作戦高度に到達。予定軌道に乗った』
『ポッド・エイト、軌道投入に問題発生。高度が足りない』
『確認した。以後はツー・ダッシュ単独でのオペレーションに切り替える』
『了解。ポッド・エイトを直援。シフトをセブンに移行』
『ポッド・ツー・ダッシュ、不帰投点を通過。エリア88に侵入』
 オペレーターの音声信号が次々と発せられる。作戦は滞り無く進行しているように見えた。
『了解。これより、US作戦を開始』
 スピーカーから芯の強そうな女性の声が流れる。声の主は葛城ミサトだった。ミサトは、オペレーターからの報告の後に続いて、次の指示を飛ばす。
『了解。ポッド・ツー・ダッシュ、作戦最終軌道に投入開始。減速行動に移る』
 女性オペレーターが、それに応じて状況を展開させる。
『第一弾、全エンジンを点火。燃焼を開始』
 男性オペレーターの音声が聞こえた直後、輸送ポッドが激しい明かりを放って、暗闇の中に幾何学的なシルエットを浮かばせた。
『S1C、燃焼終了。減速を確認』
『第一弾、ブースターユニットをジェットソン』
 ポッド本体から4つのブースターユニットがゆっくりと分離する。そして、充分な距離に達したところで推進装置が作動し、本体の軌道を外れて暗闇の中へと消えて行った。
『分離を確認。電装系をチェック。異常なし』
『了解した。燃焼タイミングはオート。第二弾全エンジンを点火』
 二度目の点火によって、暗闇の中に局所的な明かりが灯る。ポッドの周囲には、大量のデブリが浮遊していた。
『S1C燃焼終了。圧力弁を閉鎖』
『第二弾、ブースターユニットをジェットソン』
 ブースターユニットが本体から分離すると、本体を見送る星屑となって消えていった。
『減速行動を終了』
『最終作戦軌道への投入準備。機首を反転。回頭開始』
『降下角度、確認。誤差、修正内』
 輸送ポッドは、細かく推進装置を噴射しながら体勢を整えてゆく。その全貌は、二本の大きな支柱に挟まれた大きな楯であった。支柱は末広がりの三角錐で、まるで電波塔の足下にロケットエンジンを積んだような無骨な形をしていた。
『相対速度、再計算。座標高度を再確認。すべて問題なし』
『軌道最終修正完了』
『180℃回頭完了』
『了解。ポッド・ツー・ダッシュ、交叉起動への遷移スタート。これより、作戦行動に移る』
『現時点で全てのリモート誘導を切る。以後の制御はローカル』
『グッドラック』
 輸送ポッドは、ゆっくりとした浮遊状態から一転して、重力に引き寄せられるようにして急降下を始めた。その先には、赤い星──かつて青かった地球──の地平が広がっていた。

 赤いヘルメットとプラグスーツに身を包んだ少女は、コックピットの中で次々と状況を伝える映像に意識を集中していた。室内の音声モニターからは、オペレーターの無線に混じって、緊張感の無い少女の鼻歌が聞こえていた。その鼻歌は、赤い少女のコックピットの中へ入り込んでいた。
『目標との交叉起動に乗った。接触まであとハチマル』
『目標物を確認』
『接触地点に変更なし』
『シフトMを維持。問題なし』
 赤い少女は、操縦レバーを握りしめながら、様々なスイッチを押して機体の微調整に努めていた。
『ツー・ダッシュはランデブー用意。エイトは高度不足のため、再突入までの96秒間だけ援護可能。それまでにケリを付けて』
 ミサトが緊張感のある声で作戦への士気を引き締める。その時、コックピットにアラートが鳴り響き、正面の映像が切り替わった。
『目標宙域に反射波あり。妨害が入った』
『自動防衛システムの質量兵器だ。問題ない』
 次の瞬間、ポッドの進行方向に多数の爆発が発生した。急降下中のポッドは、そのまま爆発の中へと突っ込んでいく。
『爆散流発生。到達まで3・2・1』
 ────
「うっ!!」
 バットで鉄板を殴ったような音と共に、激しい衝撃がコックピットを襲った。赤い少女は、機体の揺れに体を奪われてうめき声を上げる。無数の破片が、突然降り始めた雹(ひょう)のように次々と機体に衝突していく。
『続いて第二破。パターン青。厄介な連中だ』
『接近中の物体を識別。コード4Aと確認』
 レーダーがそれを捉えて間もなく、超高速の飛行物体がポッド・ツー・ダッシュ目掛けて突っ込んで来た。飛行物体は、円盤状の本体の平面に二本の爪を生やし、それを前方に突き出した状態で体当たりを仕掛けてきた。
「アンチATフィールド!?」
 飛行物体の爪が、赤い少女の乗った機体前方に展開されたATフィールドに突き刺さる。そして、錐(きり)のようにし回転しながらATフィールドに穴を空けると、二本の爪を左右に開いてそれを引き裂いた。飛行物体は、ATフィールドを失った機体に向かって、すぐさま散弾式の攻撃を浴びせる。
「ちっ、タチ悪い!ええいっ!やっぱり……邪魔っ!!」
 赤い少女は、ヘルメットを強引に脱ぎ捨てて髪を振り乱しながら前を向いた。操縦席で前のめりになった式波・アスカ・ラングレーの左目は眼帯に被われていた。彼女の操る機体は、敵の攻撃で破損した楯を捨て去ると、エヴァンゲリオン改2号機の姿を表した。
「コネメガネ!いつまで歌ってんの!うっとおしい!」
 アスカは、暖気な歌声の主に苛立ちを向けながら、特攻を仕掛けて来る飛行物体を弾き返して応戦する。先程まで漂っていた静寂の中の緊張感はどこかへ消え、宇宙空間は一瞬にして物理的な戦場と化した。再び改2号機のATフィールドに食らいついた飛行物体を、遠方から鼻歌の主が狙撃して撃破する。
「援護射撃、2秒遅い!」
 アスカは苛立った顔で、狙撃の方角を睨みつける。
「そっちの位置、3秒早い」
 アスカが睨んだその先には、楯に身を隠したもう一体のエヴァが浮かんでいた。エヴァの機体をすっぽりと被う楯の先端からは、とてつもなく長いライフルの銃身が突き出していた。
「臨機応変!合わせなさいよ!」
 ピンクのプラグスーツに身を包んだ少女が乗るコックピットの中に、アスカの声が響き渡った。真希波・マリ・イラストリアスは、それを聞きながら次の獲物に照準を合わせる。
「仰せの通りに……お姫様っ!」
 マリは、正確な射撃によって次々と飛行物体を破壊していく。
「フラーレンシフトを抜けた!最終防衛エリア89を突破」
 エヴァ改2号機は、マリの掩護射撃の合間を縫うようにして華麗に敵の攻撃を躱して行く。
「!?……目標物が移動してる!」
 アスカが見据えたその先には、目標物となる黒い固まりが浮かんでいた。目標物は、十字架のような形をした巨大なコンテナだった。黒く平坦な目標物の背後には、ワインレッドに染まる地球が迫っていた。
「軌道修正が追い付かない!このまま強行する!」とアスカは叫んだ。
 エヴァ改2号機が、目標物のコンテナに向かって三発のワイヤーロープを発射する。ワイヤーロープの先端が、コンテナの表面に張り付いて固定される。そのままの勢いでコンテナを追い越したエヴァ改2号機は、ワイヤーの反動を利用して減速し、そのままワイヤーを巻き上げて目標物へ急接近して行った。
「っっっ!減速!!」
 コンテナにしがみついた改2号機は、進行方向に対して反対側へ“電波塔”の足を向けると、ブースターに点火。巨大な火柱が二本吹き出して、目標物の慣性を沈めて行く。
「8、7、6、5、4、3、2、1……燃焼終了!」
 燃料を使い切ったブースターは、その役目を終えて改2号機から切り離されると、推進装置を噴射して軌道の外へと進路を向けた。
『2ダッシュ、最終ブースターをジェットソン。再突入保安距離を確保』
「強奪成功。帰投するわ」
 アスカは、息を荒げて胸を大きく上下させた後、呼吸を落ち着かせて外の景色に目をやった。
『了解。回収地点にて待つ。合流コードはサターン・ファイブ』
 ミサトの声が無線から流れる。
「了解……」
 無事に任務が果たされ、アスカは緊張の糸を緩めた。

 休む暇もないまま、突然コックピット内にアラートが鳴り響いた。モニターには、即座に状況を解析したコードが表示される。

 Baillee
 Ulterior
 Lypanes Pelponer
 Adlyote Taserldd
 Pattern Esioldan
 Pattern Bertonay
 Pattern Analysis:Latpy
  :ByennUldd
  :TelesLais AUBB
  :PassoEnpy UAPB
  :BloodAera PTET
  :BloodType TEPA
  :BloodType ≒ BLUE

「パターン青!?どこにいるの!」
 アスカは顔色を変えて周囲を見渡した。しかし、敵は見当たらない。
『妨害物はコード4B。フィールド反射膜を展開中』
 オペレーターの音声が届く。敵は目の前にいた。アスカが捕えたコンテナは、正方形の面をサイコロの展開図のように広げて、あっという間に長い触手を作り上げてしまった。
「ちっ、しゃらくさい!再突入直前だっちゅうの」とアスカは言った。
 アスカはその光景を目にしながらも、全く怯む様子を見せない。
「コネメガネ!援護!」
 アスカは、マリのいる方向へ顎を向けて激を飛ばした。しかし、マリの乗った機体は、掩護射撃を一発打ち込んだところで大気圏への突入を開始してしまう。仕方なく超長距離ライフルを手放したエヴァ8号機は、正面の楯を蹴り飛ばして離陸体勢を取った。
「めんご!高度不足でお先に!あとはセルフサービスで……よろぴくぅ〜」
 マリの音声が、通信不良で途切れる。
「ちっ、役立たず!もう、しつこい!こんなの聞いてないわよ!」
 アスカは苛立ちを押さえ切れずに、改2号機の足でコンテナを蹴飛ばした。コンテナから伸びた触手は、波打ちながら一塊の束となって収束していく。触手はコンテナと改2号機を取り囲むようにして輪を作ると、光を帯びて激しく輝き出した。
「ひっ!?」
 触手が放った光は、一点に集中して改2号機の顔を焼き付けるように照らした。それを受けたアスカの左目が発光する。
「うわっちっちっちっち、なにこの光!ATフィールドが中和してない!」
 LCLで満たされたコックピット内に、アスカの左目から血の色をした気泡が吹き出す。
「コアブロックをやらないと……逃げんなゴラァー!」
 コンテナの中心にあった円盤状のコアが、平面状の触手を伝って改2号機から離れて行く。
「ヤバい!降下角度が維持できない!このままじゃ機体が分解する!」
 きりもみ状態で急降下を続けるコンテナと、必死でそれにしがみつくエヴァ改2号機。
『ツー・ダッシュ、作戦遂行を最優先。機体を捨てても、目標物を離さないで』
 ミサトの通信が改2号機の込み入った状況に割って入る。
「分かってるっちゅうの!」
 アスカは果敢に体勢を立て直そうとするが、触手の放った光が臨界点を突破し大爆発を引き起こす。
「うあっ!」
 衝撃で上半身を後ろに弾き飛ばされたエヴァ改2号機。その姿勢を戻した時には、左肩から先が完全に失われていた。
「ぐうううぅぅぅ……」
 見るも無惨な姿になった改2号機に対して、次々と触手の放つ光が襲いかかる。チクチクと刺すような痛みと、爆発の衝撃を繰り返し浴びたアスカは、思わずコンテナに向かって叫んだ。
「何とかしなさいよ……!バカシンジ!」
 その声に答えるようにして、コンテナに赤い亀裂が入る。次の瞬間、紫色の光が一直線に伸びたかと思うと、一瞬のうちに触手を切り刻み、細切れの藻屑へと変えてしまった。そして、強力な電磁砲が逃げ出したコアを追い立てるようにして放たれると、遂にそれを破壊した。
 アスカは、唖然とした表情で目標物を見ていた。その視線の先には、赤い亀裂の隙間から人の目のようなものが覗いていた。その目は、ゆっくりとまぶたを閉じて、再度の深い眠りへ入ったかのように見えた。

再び静寂。目標物と改2号機は、青い光を放ちながら大気圏へ突入し、成層圏へ溶け込んで行った。


「お帰り。碇シンジ君。待っていたよ」
 戦闘が起きた宇宙空間の遥か彼方で、その光景を眺める一人の少年の姿があった。銀髪の少年は、事の顛末を全て予見しているような表情で、地球に向かって降下する光を見ていた。