ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破のストーリーとセリフ / EVANGELION:2.0 YOU CAN (NOT) ADVANCE.

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 タイトル

 シンジは、学校の屋上に寝転んで空をぼうっと眺めながら音楽を聴いていた。すると、上空からパラシュートで落ちてくる少女の姿が目に入った。みるみるうちに近づいて来る少女は、シンジに向かって叫ぶ。
「どいてどいてぇーっ!」
 シンジはとっさに立ち上がるが間に合わなかった。
「うわぁーっ!」
 少女は、シンジの体を両足で挟むようにして突っ込んでいく。二人は屋上に勢いよく倒れ込んだ。シンジは、少女の胸と校舎の屋上に板ばさみになって息が出来ずに苦しんでいた。
「っててて……」と言って少女は起き上がると、サッと目元に手を当てて、シンジの上から下りる。
「……メガネメガネ……」
 シンジが起き上がると、その少女は地面に転がった眼鏡を四つん這いになって手探りで探していた。
「……あの……」
 少女は、ようやく眼鏡を見つけて掛けなおすと、シンジの方に振り向く。
「ああ、ごめん。大丈夫?」
 その少女は、見慣れない制服姿をしていた。その時、彼女が背負っていたバックパックの中から呼び出し音が鳴る。彼女はバックパックのベルトを手繰り寄せると携帯電話を取り出して通話を始める。
「Hello, Mari here.(ハイ、こちらマリ)」
「Yes, I seem to have glided off target.(そう、風に流されちゃった)」
「It looks like I'm in a school of some sort.(今どっかの学校みたい)」
 マリは、肩で携帯電話を押さえてパラシュートをバッグにしまいながら、通話を続ける。
「What!? Well you told me to enter into Japan covertly!(ええ?極秘入国しろって言ったじゃない!)」
「Can't you have the Euro people walk this out?(問題はそっちから話つけてよ)」
「Just be there for my extraction later okay? Thanks!(じゃあピックアップよろしく。じゃあ)」
 携帯のボタンを押して通話を切ったマリがシンジの方を見る。マリは、唖然として座り込んでいるシンジの方へおもむろに近づいて行くと、四つん這いになって首元の臭いを嗅いだ。
「……うぁ……」
 突然のことに戸惑うシンジ。
「君……いい匂い……。L.C.L.の香りがする」
 マリは、シンジの目の前でぼそっとそれを言うと、身を翻すようにして立ち上がる。
「えぇ……!?」
「君、面白いね」
 立ち上がったマリは、シンジを見下ろして低い声でつぶやく。するとマリは、声のトーンを明るくしてシンジが落とした音楽プレイヤーを手渡しながら言う。
「じゃ、この事は他言無用で!NERVのワンコ君」
 シンジは唖然としながら、それを無言で受け取る。その後、マリは階段の方へ走り去って行く。

 シンジは、NERVの休憩所で音楽プレイヤーを取り出して再生ボタンを押した。休憩室は、自動販売機が並べられていて、その前にベンチが置かれた簡易的な場所だった。
「あれ……変だなぁ」
 思ったように作動しないプレイヤーをいじくりながら、シンジは不安な表情になる。さっき落とした時に壊れたのかも知れないと思っていた。
「!!うぁっ!!」
「よっ、どうだい?たまにはデートでも」
 加持がシンジの頬に冷えた缶コーヒーを当てて驚かせる。
「僕、男ですよ?」
 シンジはとっさに振り向いて、加持から距離を取るようにして身構える。
「ノープロブレム。愛に性別は関係ないさ」
 加持はベンチに置かれたシンジの手を握ると、本気か冗談か分からない表情でシンジに詰め寄る。更に、加持はシンジの目を見つめながら、唇を近づけて行く。
「アッーーーーー!!」
 シンジは思わず声を上げる。その声は、休憩所の外の廊下まで響き渡った。
 加持はシンジの耳元で「冗談だよ」と行って、体を離した。シンジはからかわれてムッとする。
「ほれっ」
 加持はシンジにコーヒーを差し出す。

 加持の育てている畑。
 シンジは、加持に誘われて畑仕事を手伝うことになった。シンジは、しゃがみ込んで汗を流しながら草をむしる。痺れを感じて一旦立ち上がると、背伸びをして腰を叩いた。
「土の匂い……」
 シンジは、手についた土の匂いを嗅いでつぶやく。
「もうヘタバったのかい?給料分は働いてもらうぞ」
 首にタオルを掛けた加持がシンジの方へ振り返る。
「給料って……さっきの缶コーヒー?……はぁ、デートって言ってたのに。加持さんてもっとマジメな人だと思ってました」
 シンジは呆れ顔でため息をついた。
「大人はさ、ズルいくらいがちょうどいいんだ」
 そう言って加持は作業に戻る。シンジはしゃがみ込んで草むらを覗く。
「これ確か……スイカですよね」
「ああ。かわいいだろ?俺の趣味さ。何かを作る、何かを育てるってのはいいぞ。色んなことが見えるし、分かってくる。楽しいこととかな」
 二人は背中合わせで地面に向かいながら話す。
「辛い……こともでしょ」
「辛いのはキライか?」
「好きじゃないです」
「楽しいこと、見つけたかい?」
「……」
「それもいいさ。けど、辛いことを知ってる人間の方が、それだけ人に優しくできる。それは弱さとは違うからな」
 加持は一呼吸置いてから、シンジに問いかける。
「葛城は、好きかい?」
 驚いてシンジが振り向くと、真剣な眼差しで加持がシンジの方を見ていた。
「え?ミサトさん?いやあの……嫌いじゃないです」
 シンジはとっさに答えられずに目を逸らす。加持は、いつになく真剣な表情でゆっくりと言葉を続ける。
「葛城を守ってくれ。それは、オレにできない……キミにしかできないことだ。頼む」


 静かな夜。レイの住んでいるマンション周辺は、開発中のところが多く、ひと気も少なかった。その日、レイは珍しくキッチンに立っていた。薄暗い部屋で最低限の明りを点けた洗い場で何かを洗っていた。レイは洗った物を冷たい眼差しで見つめる。それは、包丁だった。


 次の朝。学校でシンジたちのいるクラス、2年A組に異変が起こる。
「おはよう」
 レイは、教室の入り口で一旦足を止めると、中に向かって声を掛けてから入って行く。
「!!……綾波!?」
 シンジが驚いて振り返る。
「……あいさつ……」
「あの……綾波が……」
 教室にいたクラスメイトがどよめく。
「綾波……もういいの?」
 シンジは席に着いたレイに駆け寄る。
「ええ。今日は平気」
 レイはシンジを見上げていつもと変わらない様子で話す。
「あ、どうしたのその手?」
 シンジはレイの左手を見て、指にバンソウコウが巻かれていることに気づく。
「さっき、赤城博士が巻いてくれたの」
 レイは右手で左手を隠すと、柔らかい表情でそれを見つめる。
「……何してたの?」
「秘密……もう少し、上手くなったら話す」
 レイはそう言ってシンジに微笑み掛ける。レイの表情を見て、シンジは安心する。アスカは二人のやり取りが気になってしかたがなかった。遠くから見ていても分かるくらいに、レイが変わったことに驚く。それでも、そんな二人を気にしていることに気付いてムッとした表情になる。


「変わったわね。レイ」
 ミサトは車を走らせながら助手席のリツコに話を振った。
「そうね。あの子が人のために何かするなんて、考えられない行為ね。何が原因かしら」
 リツコは、レイから手渡された封筒を裏表ひっくり返して、不思議そうに見つめる。
「愛!じゃないの?」
 ミサトが冗談混じりで言ってみせる。
「まさか。ありえないわ」と言って、リツコは手紙の入った封筒を振った。

 ミサトの家のキッチンには、珍しくアスカが立っていた。アスカは、ダシの入った鍋に火を掛けながら味見をする。
「うーん……バカシンジだともう少し薄味のほうがいいのかな……」
 お玉を持った手を腰に当てて口をもごもごさせるアスカ。その時、玄関からミサトの声が聞こえる。
「たっだいまー」
「あれ?ミサト、早かったわね」
「へーすぐ本部へトンボ帰り。風呂と着替えに帰っただけよー」
 ミサトは、肩に掛けたスポーツバッグを抱えて重い足取りでダイニングに入って来る。
ミサトはそのまま通り過ぎようとしたが、アスカがキッチンで料理をしていることに気付いて引き返す。
「んまぁーこれはこれはぁ、アスカもシンちゃんに料理ご馳走するのん?」
 ミサトに図星を付かれたアスカは、取り乱して料理の痕跡を隠そうとする。しかし、キッチンに広がった道具や野菜の切れ端を体一つで隠せるはずがなかった。
「えっ!?ち、違うわ……えっと女の子……そ、そうヒカリよ!」
 アスカはまな板の上をひっくり返しただけで苦しい言い訳をする。
「ふふふ。レイといいアスカといい、急に色気づいちゃって」
「何よ!エコヒイキと一緒にしないでっ!」
「んーそうねぇ。レイにはもっと遠大な計画があるようだし〜?」
「何?それ……」
 アスカは少し興味を惹かれたような表情をする。
「碇司令とシンちゃんをくっつける、キューピットになりたいみたい……よ?」
 ミサトはジャケットの内ポケットを探ってレイから手渡された封筒を取り出してアスカに見せる。
「手作り料理でみんなと食事会!という作戦らしいわ。ストレートな分、これは効くわよ」
 そう言ってミサトはアスカの前に封筒を差し出す。その封筒には“2号機パイロット様江”と書かれていた。
「ホント、あの親子を仲良くさせるのは、骨が折れるわね」
「……あの女がバカシンジのために?」
 アスカは封筒の宛名を見てから、真剣な面持ちでミサトを見る。
「サプライズなんだから、シンちゃんにバラしちゃぁ駄目よっ」
 ミサトはアスカの心境を察しながら、砕けた態度でウィンクをして見せる。
「話すわけないでしょっ!この私が」
 アスカは一瞬ムッとしてから、封筒を奪い取る。その指にはバンソウコウが巻かれていた。

 その少し後。ミサトが風呂で休息の一時を送っていたときにそれは起こった。
「消滅!?エヴァ4号機と第2支部が消滅したの?」
 ミサトは急な知らせを聞いて湯船から立ち上がる。

 その後、急いでNERV本部へ駆けつけたミサトは、作戦会議室に関係者を招集する。
「Tプラス10。グラウンドゼロのデータです」
 会議室のデスクに立体的に浮かび上がった映像を見ながら、シゲルが説明する。
「酷いわね……」とミサトがつぶやく。
「A.T.フィールドの崩壊が衛星から確認できますが……詳細は不明です」
 ミサトの後ろに立っていたマコトが報告する。
「やはり4号機が爆心か……ウチのエヴァ、大丈夫でしょうね?」
 ミサトがリツコの方を向く。
 マヤが「4号機は……」と言いかけて止める。
「エヴァ4号機は、稼動時間問題を解決する、新型内蔵式のテストベットだった……らしいわ」
 リツコは珍しく自信なさげに言う。
「北米NERVの開発情報は、赤城先輩にも充分に開示されていないんです」とマヤが補足する。
「知っているのは……」
 ミサトは何かを勘ぐった表情で、ある人物の顔を思い浮かべた。

 司令室では、冬月が事故データの資料を見ながら状況を確認していた。
「エヴァ4号機。次世代型開発データ収得が目的の実験機だ。何が起こってもおかしくはない。しかし……」
 ゲンドウは、司令席に座って何も言わずに黙ってそれを聞いていた。

 その時、加持はコンピュータールームのバックヤードで、タバコを吸いながら考え込んでいた。
「(本当に事故なのか……)」


 米国NERV第1支部では、超大型の垂直離着陸長距離輸送機が3号機の輸送を開始していた。十字架型の柱に固定された3号機は、ワイヤーで吊るされた状態で、そのまま空の旅へと出発する。輸送機の向かう先は雷が発生し、暗雲が立ち込めていた。


「おばちゃん!これ3つや」
 学校帰りに駄菓子屋に寄ったシンジたちは、夕日に染まる道を歩いていた。
「珍しいなぁ。トウジの奢りなんてさ」
 シンジはアイスを食べながら少し前を歩くトウジに言う。
「ワイも、真面目なシンジが買い食いつきおうてくれるとは思わんかったわ」
 そう言ってトウジが振り返る。
「妹さんの調子、良くなったって素直に言えばいいのに」と言ってケンスケがからかう。
「うるさいわい!余計なこと言わんでもええんじゃ!アホっ」
 寂れた倉庫の前にあるグラウンドで、トウジはバスケットゴールに向かってシュートの練習をしている。シンジとケンスケは、それを見ながらアイスの残りを食べていた。
「なぁ碇。3号機、日本に来るんだって?」
 ケンスケは独自に仕入れた情報について、シンジから何かを聞き出そうとする。
「そうなの?聞いてないよ」
「いきなり起動実験込みで、米国から押し付けられたってウワサだ。ま、末端の搭乗者は知らなくていい情報なんだろ?なぁー誰が乗るのかなぁ?」
 ケンスケはイヤラシイ顔でシンジに近づく。
「知らないよ……聞いてないから」
「いいなぁパイロット!俺にしてくんないかなぁ」
「僕に言われても……ミサトさんに頼んでみたらいいんじゃ……」
 二人は倉庫のシャッターの前で押し問答をする。トウジは口に咥えたアイスの棒を引き抜いてぱっと見ると不機嫌そうな顔をする。
「ちっ!ハズレかいな」


 マリは、もうすぐ日が落ちそうな第3新東京市を眺めていた。その時、街の中心から鳥の群が飛び立って行く光景を目撃して、目を奪われる。


 ゼーレの会合にて、ゲンドウと冬月はモノリスに囲まれて座っていた。
「先に、エヴァンゲリオン5号機が失われ……」
「今、同4号機も失われた」
「両機の損失は、計画の遂行に支障をきたしますが」
「修正の範囲内だ。問題はなかろう」
「エヴァ3号機は米国政府が是非にと君へ差し出した。君の国の政府も協力的だ」
「最新鋭機だ。主戦力に足るだろう」
 ゼーレの面々が一通り言い終わると、ゲンドウがNERVの要求を告げる。
「使徒殲滅は現在も遂行中です。試験前の機体は信頼に足りません。零号機修復の追加補正予算を承認頂ければ」
 しかし、そう簡単に要求は飲まれない。
「試作品の役割はもはや終わりつつある。必要はあるまい」
「然様。優先すべき事柄は他にある」
「我らの望む真のエヴァンゲリオン。その誕生とリリスの復活をもって契約の時となる。それまでに必要な儀式は執り行わねばならん。人類補完計画のために」
「分かっております。すべてはゼーレのシナリオ通りに」
 ゲンドウがそう告げると、モノリスは消滅した。そして、暗闇に光が戻るとブルースクリーンの何もない空間が広がる。つまり、モノリスはCGだったというわけだ。
「真のエヴァンゲリオン。その完成までの露払いが、初号機を含む現機体の勤めというわけだ」
 ゲンドウはゼーレの要求にどう動くかを考える。
「それがあのマーク6なのか?偽りの神ではなく、遂に本物の神を作ろうというわけか」
 冬月もゼーレの真意について考えを巡らせる。
「ああ。初号機の覚醒を急がねばならん」


 2号機拘束IPEA。
「何で私の2号機が封印されちゃうのよ!」
 アスカはクレーンで地下へ収納されていく2号機を見て不満を爆発させる。
「バチカン条約。知ってるでしょ。3号機との引き換え条件なの」
 リツコはアスカの前に立って説得しようとする。
「修理中の零号機にすればいいじゃない!」とアスカは言う。
「2号機のパスは今でもユーロが保有しているの。私たちにはどうにもできないのよ」とマヤが説明する。
「現在はパイロットも白紙。ユーロから再通知があるまでは、おとなしくしてなさい」
 リツコは興奮するアスカをなだめる。
「私以外誰にも乗れないのに」と言ってアスカは表情を暗くする。
「エヴァは実戦兵器よ。全てにバックアップを用意しているわ。操縦者も含めてね」
 リツコの言葉を聞いて落胆したアスカは、見えなくなっていく2号機の姿を目で追う。
「そんな……私の世界で唯一の居場所なのに」

 アスカはエレベーターのドアの前で怪訝な表情を浮かべていた。到着のベルが鳴ってドアが開く。アスカは、先客があるのを見て一瞬たじろぐも、自分の気持ちを押し殺してスタスタと中へ入って行く。
 アスカは無言のまま腕を組んで奥の壁に寄りかかる。ドアの前にはレイが立っている。レイはドアを無言で見つめたまま微動たりともしない。エレベーターの中はすぐに沈黙で一杯に満たされた。アスカは鼻をすすって沈黙を蹴散らそうとする。また長い沈黙に入り、十分に満たされようとしたとき、意外にも先に口を開いたのはレイの方だった。
「エヴァは自分の心の鏡」
「なんですって?」
 レイの言葉に直ぐに反応を示すアスカ。
「エヴァに頼らなくていい。あなたには、エヴァに乗らない幸せがある」
 レイはドアの方を向いたまま、後ろに立っているアスカに対して淡々とした口調で話しかける。
「偉そうなこと言わないで!エコヒイキのクセに!私が天才だったから、自分の力でパイロットに選ばれたのよ!コネで乗ってるあんた達とは違うの!」
 アスカは自分の胸に手を置いてレイに食って掛かる。
「私は繋がっているだけ。エヴァでしか、人と繋がれないだけ」
 レイはアスカの方を向こうとはしない。アスカはレイの言葉を大声で蹴散らそうとする。
「うるさいっ!アンタ碇司令の言うことはなんでも聞く、おすまし人形だからひいきされてるだけでしょ!?」
「私は人形じゃない」
「人形よ!少しは自分を知りなさいよ!」
 アスカは手を振り上げてレイを叩こうとする。しかし、レイは振り向いてその手を止める。レイが出した左手には沢山のバンソウコウが巻かれていた。それを見たアスカは、一瞬冷静になると「ふん……人形のクセに生意気ね」と言って自分の左手に目を向けた。
 目的の階に到着したアスカは、ズカズカと外に出て行こうとする。しかし、一瞬考えて足を止めると、ドアに寄りかかって自動的に閉まらないようにしたあと、前から気になっていたことをレイに聞く。
「ひとつだけ聞くわ。あのバカをどう思ってるの?」
「バカ?」
「バカと言えばバカシンジでしょ」
「碇君?」
「どうなの?」
「よく、わからない」
 アスカはレイの方へ体を向けると、手でドアを押さえて叫ぶ。
「これだから日本人は、ハッキリしなさいよ!」
「わからない。ただ、碇君と一緒にいると、ポカポカする。私も……碇君に、ポカポカして欲しい。碇司令と仲良くなって、ポカポカして欲しいと……思う」
「……分かった」
 アスカは下を向いてエレベーターの前を去っていく。アスカの手が離れるとエレベーターのドアは直ぐに扉を閉める。アスカは苛々する気持ちを抑えきれずに、乱暴に廊下を歩く。
「ホンット、つくづくウルトラバカねっ!それって、好きってことじゃん!」


 シンジは自分の部屋でラジオを聞きながら宿題をこなしていた。一息ついて伸びをすると、そのままゴロンと後ろへ倒れこむ。
「楽しみだなぁ食事会。けど、綾波の料理って大丈夫かなぁ……」
 シンジは横に寝返りをうってから、机の上に置いてあるレイの手紙にちらっと目をやる。
「父さんも、来ればいいのに……」


 エヴァ初号機のケイジ内。ゲンドウと冬月は、新たに導入されるダミーシステムを検分していた。ミサトは、まだ詳細を明かされていないそれを見下ろしていた。
「あれが、ダミーシステム……」
「あくまで、パイロット補助との名目ですが、単独での自立制御だけでなく、無人状態でのA.T.フィールド発生まで可能。子供に操縦させるよりは人道的だそうです」
 マコトの説明を聞きながら、ミサトはなにか嫌な予感を感じずにはいられなかった。


 その夜。ミサトは加持と居酒屋に来て酒を飲んでいた。ミサトは既に相当酔いが回っている様子で、加持に愚痴をこぼしていた。
「あの新型のダミーシステムってやつ、なんかいけ好かないんだけどぉっ」
 ミサトはテーブルを叩いて鬱憤を晴らしながら、正面に座っている加持の方に身を乗り出す。
「ゴルゴダベースからの厳封直送品だからなぁ。得体は知れないままだ」
 加持は感情的になるミサトを上手いことあしらって、マイペースで飲んでいる。
「そんな危なっかしいものにエヴァ預けるなんて、気が知れないわ!」
 ミサトは左手で頬杖をついて、右手で焼酎の入ったグラスを摘むようにして持っている。
「人間だからあのエヴァを任せておけるってことか?信用されてるな、シンジ君は。いや、シンジ君だからこそ、か」
 ミサトはその事について一瞬考えていたが、話題を変えて再度身を乗り出す。
「それより、ゼーレとかいううちの上層組織の情報、もらえないかしら」
「例の計画を探りたいのなら、止めておけ」
 加持は声のトーンを落としてミサトに顔を近づける。
「そうもいかないわ。人類補完計画……NERVは裏で何をしようとしてるの?」
「それは……、俺も知りたいところさ」
 加持はひどく真面目な表情になった後で、ぐったりと背もたれに寄りかかる。それを聞いてミサトもがっくりと肩の力を落としてお尻を席に戻す。
「久方ぶりの食事だってのに、仕事の話ばっかりだ」
 加持は少し不満そうな表情をする。
「学生時代とは違うわよ。色んなことも知ったし、背負ってしまったわ」
「お互い自分のことだけ考えてるわけにはいかないか……」
「シンジ君たち、もっと大きなものを背負わされてるし……」
「ああ、子供には重過ぎるよ。だが、俺たちはそこに頼るしかない」
 しんみりとした空気になったところに、呼び出し音が聞こえる。ミサトが重い体をだるそうに動かして携帯を取る。
「はい。……ええ、分かってるわ。日付変更までには結論出すわよ」
 ミサトが電話している姿を見ていた加持は、その様子から声の主を言い当てる。
「リっちゃんか?」
「そう。3号機テストパイロットの件で嫌な催促」
 電話を切ったミサトが答える。
「人選は君の責任だからな」
「それはそうなんだけど……3号機到着の予定がずれちゃって……よりによってこの日なのよね」
 そう言ってミサトは携帯電話の画面を覗き込む。


 連絡を受けたアスカは、自室のベッドで仰向けになりながら、携帯のスケジュールを確認していた。
「3号機軌道実験の予定日って、エコヒイキの約束の日じゃない」
 アスカは反動をつけてベッドから飛び起きる。
「よっと……」
 そして、携帯電話で電話を掛ける。


 3号機がNERV本部へ到着する。輸送機が轟音を響かせながら高度を下げていく。
 その時、本部内の検診室でリツコは電話をしていた。
「そう。アスカに決定ね。ええ。私は最後の便で松代に向かうわ。あとはお願いね。マヤ」
『はい、先輩』
 どうやら3号機の実験のパイロットの件を聞いたようだった。
「あの、赤木博士」
 ベッドで服を着ていたレイが、電話を済ませたリツコに話しかける。
「2番目の子に、伝えたいことが。お願いします」
 リツコが見るレイは、いつもと少し違う様子だった。