ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序のストーリーとセリフ / EVANGELION:1.01 YOU ARE (NOT) ALONE.

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 タイトル

「名前、決めてくれた?」
 古い電車の車内でシンジの母・ユイの声が聞こえる。
「男だったらシンジ。女だったらレイと名付ける」
 ゲンドウがユイの問いに答える。
「シンジ……レイ……ふふっ……。シンジ……シンジ……綾波、シンジ。レイ……レイ……碇、レイ……」
「違う。……綾波、レイ」
 暗闇からレイの顔が近づいてくる。
「はっ!」

 シンジはその光景に驚いて眠りから目を覚ました。シンジが居る場所は病院のベッドの上だった。部屋の窓から日差しが差し込める静かな空間に、蝉の声が聞こえた。起き上がったシンジは、もう一度ベッドに寝転がる。
「知らない天井だ……」


 使徒が自爆した跡地を探索する偵察機。太陽が照りつける市街地は、ビルが倒壊し、赤い液体に染められていた。

 暗く何もないがらんとした空間に浮かび上がる七つのモノリス。ゲンドウは、ゼーレの会合にて、円を描くようにして並んだモノリスに囲まれていた。
「第4の使徒襲来とその殲滅、そして3番目の子供の接収、及びエヴァ初号機の初起動。概ね既定通りだな」
 モノリスに刻まれた番号01のキールが現状を振り返る。
「初号機本体の膨大な修理費は予定外だがね」
「凍結された零号機と比べれば、さして問題ではなかろう」
 ゲンドウは手を組んで座り、ゼーレの音声を無言で聞いていた。


 調査のために使徒との戦闘現場に来ていたマヤが、防護服に身を包んだミサトに報告を入れる。
「エヴァ初号機の回収作業は終了しました。現在、第6ケイジにて固持中、本日10より検査開始の予定です」
「暴走時のレコーダーは?」
 ミサトは双眼鏡で使徒の爆心地を眺めながらマヤに話しかける。
「容量ゼロです、何も書き込まれていませんでした」
 マヤはノート型のパソコンを片手に持ってデータを参照する。
「結果、原因不明ね。兵器としての信頼性、ちと厳し過ぎるわね」
 双眼鏡を下ろしたミサトは怪訝な表情を浮かべる。


「多少不具合でも、第5の使徒出現時にまた役立てばよい」
 キールが今回の件について言及する。
「ご心配なく。初号機の実戦配備に続き、2号機と付属パイロットも、ドイツにて実証評価試験中です」とゲンドウは答える。
「3号機以後の建造も、計画通りにな」
「NERVとエヴァの適切な運用は君の責務だ。くれぐれも失望させぬように頼むよ」
「さよう。使徒殲滅はリリスとの契約のごく一部に過ぎん。人類補完計画、その遂行こそが我々の究極の願いだ」
 一通りの意見を聞いたゲンドウは、落ち着いた態度でそれに答える。
「分かっております。全てはゼーレのシナリオ通りに」


 病室を出たシンジは、廊下に立って窓の外を眺めていた。ひぐらしの声が聞こえる静かな廊下に、移送ベッドが運び込まれる音が近づく。シンジが音のする方に目をやると、ベッドの上で仰向けに寝ている綾波レイが通り過ぎるところだった。シンジは、レイと目が合うが何も言えないでいた。


「A.T.フィールドを失った使徒の崩壊、予想以上の状況ね」
 偵察機に乗り込んだミサトとリツコ、そしてマヤは、使徒の爆心地上空を飛行していた。リツコは、冷静な態度で調査結果についての感想を口にする。
「まさに血の池地獄、なんだかセカンドインパクトみたいで、嫌な感じですね」
 マヤは窓際の席から地上の光景を眺める。
「人類は使徒に勝てる。その事実だけでも、人類にわずかな希望が残るわ」
 ミサトは、機内で昼食を取り終えて、十字架のペンダントトップを手にして眺めていた。
「その希望を担うパイロットが、気付いたそうよ」
 リツコは、膝の上に乗せたノートパソコンのモニターを見ながら笑みを浮かべた。


 第一脳神経外科。横長の椅子が並ぶ待合室で、シンジは昨日の戦いを思い出していた。自分の腕にわずかに残る「折られた感覚」を確かめながら。そこに、シンジを迎えにきたミサトが現れる。シンジは、特に会話を交わさないまま、ミサトと共にエレベーターの前で立っていた。自らの階に、上りのエレベーターが到着してドアが開く。すると、そこにはゲンドウが乗っていた。ゲンドウは無言でシンジを見下ろしたまま、微動だにしなかった。シンジは思わず顔を背けた。そのままドアが閉まり、再びシンジの前に壁を作った。ミサトは何も言わずに閉じたドアを眺めていた。


「一人で、ですか?」
 シンジの滞在場所を聞いて驚くミサト。
「そうだ。彼の個室は、この先の第6ブロックになる。問題はなかろう」
 係員は規定事項を告げる。
「はい」
「それでいいの?!シンジ君」
 ミサトはシンジを心配して表情を伺う。
「いいんです、一人のほうが。どこでも同じですから」
 シンジは割り切った表情をミサトに見せる。しかし、シンジの孤独の中に自分と同じものを感じたミサトは決心する。
「何ですって?!」
 研究室でペンを握っていたリツコは、受話器越しに聞こえた内容に耳を疑う。
「だからぁ、シンジ君は、あたしんところで引き取ることにしたから。上の許可も取ったし。……心配しなくても、子供に手ぇ出したりしないわよ」
 ミサトは公衆電話で事の成り行きを説明する。
「当たり前でしょうっ!全く何考えてるの!あなたって人はいっつも!」
 ミサトの冗談に反応してリツコが大声を上げる。ミサトは耳から受話器を外して苦笑いをする。
「相変らずジョークの通じない奴……」

 シンジを助手席に乗せたミサトの車は、すっかり日の暮れた地上の上を走っていた。ミサトは、シンジを自宅に案内する途中である提案をする。
「さぁ〜ってぇ、今夜はパーッとやらなきゃね!」
「な、何をですか?」
 封筒を抱えておとなしく助手席に座っていたシンジがミサトの方を見る。
「もちろん、新たなる同居人の歓迎会よ」
 ミサトは、ハンドルを握りながらシンジに得意げな顔を見せる。

 コンビニに車を止めたミサトは、歓迎会のために大量の食べ物や飲料を買い込む。
「やっぱり引っ越されますの?」
 レジに並ぶミサトとシンジの耳に、主婦の噂話が飛び込んでくる。
「ええ。まさか本当にここが戦場になるなんて思ってもみませんでしたから」
「ですよねぇ〜。うちも、主人が子供とあたしだけでも疎開しろって。なんでも今日一日で転出届が100件を越えたそうですよ」
「そうでしょうねぇ。いくら要塞都市だからっていったって、ネルフは何一つアテに出来ませんもんねぇ」
「昨日の事件!思い出しただけでもぞっとしちゃうわ……」
「ほんとねぇ〜」
 シンジは、部外者の反応を目の当たりにして、複雑な心境を噛み締める。

「済まないけど、ちょ〜っち寄り道するわよ」
 買い物を済ませたミサトは、ある場所をシンジに見せたくて、家とは別の方向へ車を走らせる。
「どこへですか?」
 大量荷物で膨れ上がったビニール袋を抱えたシンジは、ミサトの方に目を移す。
「ふふん。イ・イ・ト・コ・ロ」
 ミサトはさっきのことを気にせずに、カラっとした態度をシンジに見せる。

 丁度、街の向こうに夕日が沈んでいく時間だった。山のふもとから、太陽が最後の光で街を照らし、鮮やかなオレンジ色に染めていた。ミサトは、その景色が見渡せる丘の上にシンジを案内した。
「なんだか……さびしい街ですね」
 シンジは、眼の前に広がる景色を眺めて切ない気持ちになる。
「時間だわ」
 腕時計を見ていたミサトが、街に目を向ける。すると、街じゅうにサイレンが鳴り響き、地面のいたるところから高層ビルが伸びていく。
「凄い!ビルが生えてく!」
「これが、使徒専用迎撃要塞都市、第3新東京市。私たちの街よ」
 ミサトは、シンジにこの街に慣れて欲しかった。少しでも身近に感じてもらおうと、この場所に案内した。ミサトは選ばれた子供の功績を称えたかった。
「そして、あなたが守った街」

「シンジ君の荷物はもう届いてると思うわ。実は、あたしも先日この街に引っ越して来たばっかりでね。さ、入って」
 コンビにの袋を手に持ったミサトは、廊下の先にある自分の部屋へとシンジを案内する。
「あ、あの……お邪魔します……」
 慣れないシンジは、ミサトの顔色を伺う。
「シンジ君?ここはあなたの家なのよ」
 緊張するシンジを見かねたミサトは玄関に入るように促す。
「たっ、ただいまっ」
 遠慮がちに言うシンジに、ミサトは明るい笑顔で答えて見せる。
「お帰りなさい」

「まぁ、ちょ〜っち散らかってるけど、気にしないでね」
 ミサトが部屋の明りを点けると、辺り一面には、缶コーヒーの空き缶と、一升瓶の山が出来上がっていた。出しっぱなしのダンボール、食べ残しのゴミ、散らかった服。
「(これが……ちょっち?)」
 シンジは、その光景を見ては目を疑った。
「あ、ごめん。食べ物冷蔵庫入れといて」
 ミサトは、部屋着に着替えながら扉越しに声を掛ける。
「あっ、はい」
 シンジがキッチンの冷蔵庫を開けると、その中身はミサトのずぼらな性格がそのまま詰まっているようだった。
「氷。ツマミ。ビールばっかし。どんな生活してんだろ」

 ダイニングのテーブルに広げられた夕食。その殆どは缶詰か冷凍食品ではあったが、準備は一応整った。
「いっただっきま〜す!」
 ミサトは早速冷えた缶ビールを煽るようにして飲む。
「いただきます……」
 シンジは遠慮がちな声を出す。
「ぷっは〜っ!く〜っ!やっぱ人生、このときのために生きてるようなもんよねぇ〜!んっ?食べないのぉ?けっこういけるわよ、インスタントだけど」
 ミサトは、食べ物に手をつけようとしないシンジを見て足を組みなおす。
「いえっ、あのっ。こういう食事、慣れてないので……」
 シンジは、椅子の上で肩に力を入れて縮こまる。
「駄目よっ!好き嫌いしちゃぁっ!」
 ミサトは身を乗り出してシンジの緊張をほぐそうとする。
「いえっ、ち、違うんです。あのう……」
 シンジは、ラフな格好のミサトに迫られて動揺する。
「楽しいでしょ。こうして他の人と食事するの」
 ミサトは屈託のない笑顔を見せる。
「は、はい……」
「さて、今日からここはあなたの家なんだから、な〜んにも遠慮なんていらないのよ」
 ミサトは椅子の上で胡坐をかきながら、人差し指を立ててシンジにウィンクしてみせる。
「あっ、はい……」
「も〜、はいはいはいはい辛気臭いわね〜。男の子でしょ、シャキッっとしなさい、シャキッと!」
 ミサトは浮かない顔のシンジの頭を掴むと、髪をグシャグシャと掻き回す。
「は、はいぃ!」
 シンジはどう振舞っていいか分からずに、成すがままに身を任せる。
「ま、いいわ、ヤなことはお風呂に入って、パーッと洗い流しちゃいなさい!風呂は命の洗濯よ」
 ミサトは、固まったままの少年を前にして、砕けた表情を見せる。

 更衣室で裸になったシンジは、そこに干してあったミサトの下着につい目が行ってしまう。シンジは、余所見をしながら扉を開けて風呂場に入ろうとしたところ、先客と鉢合わせになってしまう。
「グワーックックックッ!」
 シンジが足元を見ると、そこにはバタバタと体を震わせて水しぶきを飛ばすペンギンが立っていた。
「うわぁぁぁーっ!ミミミ、ミサトさんっ!」
 シンジは、裸のまま部屋へ飛び出してミサトに驚きの表情を向ける。
「何?」
 ミサトは椅子に座ったまま落ちついた様子でシンジを見る。
「ああ〜っ!あっ、あぃ〜ぁっ!……あれっ?!」
 焦って呂律の回らないシンジの足元を、ゆっくりとペンギンが通り過ぎて行く。
「ああ彼?温泉ペンギンと言う鳥の仲間よ」
 ミサトは、首にタオルを掛けて部屋に戻る同居人を紹介する。
「あんな鳥がいるんですかっ?!」
 シンジは「それ」を指差して目を丸くする。
「15年前はね、いっぱいいたのよー。名前はペンペン。縁あってうちにいる、もう一人の同居人。……それより、前、隠したら?」
 そう言ってミサトは缶ビールを飲む。
「んっ……?……うぅっ!」
 冷静さを取り戻したシンジは、自分の姿に気がついて、前を隠すと顔を赤くして脱衣所へ引っ込んでいく。
「ちと、わざとらしくはしゃぎ過ぎたかしら?見透かされてるのはこっちかもね」
 ミサトは無理に引き取ってしまった手前、初日から気を使ってしまったことを反省する。

「(葛城ミサトさん……悪い人じゃないんだ……)」
 シンジは湯船に浸かりながら天井を見上げる。
『風呂は命の洗濯よ!』
 ミサトの言葉を思い出す。
「でも、風呂って嫌なこと思い出す方が多いよな……」
 シンジは小さな声でそうつぶやく。


 破壊された零号機の実験施設で、ゲンドウは割れた窓ガラスの向こう側を眺めていた。
「レイの様子はいかがでしたか?……午後、行かれたのでしょう、病院に」
 リツコは無言で立っているゲンドウに向かって尋ねる。
「問題ない。凍結中の零号機の再起動準備が先だ」
 ゲンドウは淡々とした声でそう答える。
「ご子息はよろしいのですか?精神的にかなり不安定と思われますが」
 リツコはシンジの件についても確認する。
「放っておけ。むしろ零号機凍結解除のいい口実になる」
 ゲンドウは特に意に介さないという態度を取る。
「では、葛城二佐の提言どおりに」


「予備報告も無く、唐突に選出された三人目の少年。それに呼応するかの様なタイミングでの使徒襲来。併せて、強引に接収された碇司令の息子。……確かに違和感残る案件ね」
 ミサトは湯船に浸かりながら、今回の件について一連の流れをなぞってみる。
「しかし、あの使徒を倒したって言うのに……あたしもあんまり、嬉しくないのね」
 ミサトは、湯船の縁に頭を乗せて天井を見上げる。

「ここも知らない天井か。……当たり前か、この街で知ってるとこなんて、どこにも無いもんな」
 シンジは、与えられた自分の部屋にあるベッドに寝転んで、音楽プレイヤーのイヤホンで耳を塞いでいた。
『ここは、あなたの家なのよ』
 シンジの頭に、ミサトの声が蘇る。
「なんでここに居るんだろう……」
 使徒との戦いがフラッシュバックする。
 ミサトは風呂から上がってタオルで髪を拭く。バスタオルを体に巻いて、廊下に出てシンジの部屋の前を通りかかった時にに足を止める。
「シンジ君、開けるわよ。……一つ言い忘れてたけど、あなたは人に褒められる立派なことをしたのよ。胸を張っていいわ」
 シンジは入り口を背にして横になっていた。既にイヤホンは外していたが、ミサトの方には振り向かなかった。
「おやすみ、シンジ君。頑張ってね」
 ミサトはシンジの背中に語りかける。


 次の日。学校の校舎裏。
「うっ!」
 シンジは顔面を殴られて地面へ転がる。
「すまんなぁ、転校生。ワシはお前を殴らないかん。殴っとかな気が済まへんのや」
 クラスメイトの鈴原トウジが、殴った拳をさすりながらシンジを見下ろす。
「悪いね、この間の騒ぎで、アイツの妹さん、怪我しちゃってさ。……ま、そういうことだから」
 もう一人のクラスメイト、相田ケンスケが横から口を挟む。
「僕だって、乗りたくて乗ってるわけじゃないのに……」
 その場を立ち去ろうとするトウジとケンスケ。シンジは感情を押し殺しながらも自分の本心を漏らす。シンジの言葉を聞いたトウジは、ケンスケの肩を押しのけてシンジの前に詰め寄ると、胸ぐらを掴んでもう一発顔面を殴る。
「どこが人に褒められることなんだろう。エヴァに乗ってたって言うだけで、なんで殴られるんだよ……」
 シンジは殴られたまま土の上に寝転んで、空に流れる雲を見上げる。